恋をしたのは姉の夫だった人
 瑞樹は薬剤師。
UPH製薬から徒歩十分ほどの距離にある調剤薬局で働いている。
姉が亡くなる前は、大手製薬会社で新薬の研究をしていた瑞樹。
しかし、姉が亡くなってから、心のために残業の少ない調剤薬局へ転職した。

 昔から研究職に就くのが夢だったと聞く。
周囲には漏らさないが前職に心残りがあることは見て取れた。
それなのに転職の際は、すぐに転職できてよかったと言って、愚痴一つこぼさなかった。
優はその時の瑞樹の少し寂しそうな笑顔を忘れたことはない。
いつか彼が好きな仕事に戻ることができるといいと思っているが、心が手を離れるまでは難しいことだとわかっているので、簡単には言えない。
 


 瑞樹の仕事は基本的に残業はあまりない。
しかし冬の時期は別。
インフルエンザなどの感染症を含む風邪の患者が多く、診療時間をどうしても超えてしまうため、終業時間は遅くなるのだ。
今夜も遅くなると予想していたが、一体どうしたのだろうか。
疑問に思いつつも、優はメッセージをすぐに返した。

“お疲れ様です。わかりました”

 とても短い返事であるが、瑞樹とのやりとりではこれまで絵文字などは使ったことがない。
優にとって瑞樹は心の父親で、姉の夫だった人。
絶対に近い距離でいてはならない人――。

 小さくため息を吐いた時、スマホがメッセージを受信した。
瑞樹かと思い急いで画面を見るが、彼ではなく相手は優の唯一の元カレの勝俣朝陽(かつまたあさひ)だった。
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