戦友の君と青春ケアラー

#4

『——私……やっぱり好きなの!!』
『俺も、お前なしじゃ生きていけない……!』
 海水で制服をずぶ濡れにした男女が、人目も憚らずに抱き合っている。壮大な音楽が2人を包んだ。

「これ、設定上高校生らしいよ」
「やば」
 映画の情熱的な音楽と裏腹に、リビングの空気は乾いていた。

 こういう恋愛ドラマや漫画を読んで動く心はあっても、どこか他人事で。
 片想い、両想い、溺愛に報われない恋。危険な恋に禁断の恋。異性愛に同性愛。恋愛にも色々あるんだろうけど、結局の所みんないい感じに落ち着いていて。

「恋愛って、そんなに楽しい?現実見たらそんな感じないじゃん」
 澪凛(みおり)の脳内を、今朝見たアイドル蓮夜(れんや)の投稿とクラスの派手な男子連中の会話が(よぎ)った。
——ほの香と圭汰(けいた)はお手本のような恋愛をしているけど……

「みんな心の穴を埋めたいんだろうな、恋愛で」
「心の穴?」
「不安とか寂しさとか……承認欲求とか。恋愛至上主義っていうのかもな『恋人をつくったら、恋愛すれば楽しい』って、それが共通認識になってる所あるじゃん」
——確かに。それはちょっと分かるかもしれない

 コクコクと頷くと、眞紘(まひろ)は話を続ける。
「クラスの奴らの『とりあえず彼女ほしい』ってのもそうだし、アイドルのあれだってそうだろ」
「あれも?」
——夜の街で遊ぶのは恋愛に入るの?

「アイドルだって同じ世界に生きてて、人気や金があっても埋められない心の穴を恋愛で埋めたって不思議じゃない。で、さらに求めたのか自分に都合の良い夜遊びに走ったと。ついでに性欲も満たされて万々歳だ。元カノもあの写真を晒すことで承認欲求満たしたんだろ。あれがなくたっていずれ匂わせやってたな」
——なんか専門家みたい……
 
 眞紘はせっせと洗濯物の山を片付けながらも、話すスピードは加速していく。
「アイドル業の特性上、理想の疑似恋愛を売る側面がある。その需要と供給が成立しているのだって、恋愛至上主義が絡んでるからだろうって俺は思ってる。だからあんなに大炎上するんだろ」
 多くの人が理想の恋愛を追う恋愛至上主義が、回り回ってアイドル自身の恋愛至上主義の行き場をなくしているのかもしれない。
 淡々と話し続ける眞紘に、澪凛は怪訝な顔をした。

「……眞紘って恋人とかいたっけ?」
 澪凛がそう聞くと、眞紘は苦い顔をして天を仰ぎ「……いや」と呟いた。

「いいなって思う子はいても、いつも牽制されるんだよな、俺。大家族で忙しい俺と付き合うのはゴメンなんだろ。あんまり遊びにも行けないし。澪凛は?」
「……何も、ない。てか意外、眞紘は恋人いると思ってた」

 そこまで言って、はたと気づいた。眞紘と恋愛の話をすること自体が初めてだということに。
 いくら同い年で家族で、一番共に過ごす仲とはいってもその手の話題になったことはなかった。したとしても同級生や互いの友人の話ばかりで、自身の話に踏み込むことはない。
 
「流石にいたら分かるだろ。はー、水無瀬(みなせ)家終わりじゃね?あ、結愛(ゆあ)は彼氏いるのか……」

 眞紘はそう呟くと脱力してリビングの床に寝ころんだ。
「眞紘って、もし妹たちが結婚相手連れてきたらお父さんよりお父さんしそう」
「……するかも。妹にふさわしい人物か、目をかっぴらいて見極める」
 寝ころんだまま腕を組み、本当の父親かのように口を真一文字に引き結ぶ。

「私が結婚相手連れてきた時もそうなるの?」
「澪凛は一応姉だからなぁ。逆に泣くかも」
「それ、どういう感情?」

 ロマンス映画はクライマックスを迎えたのか、壮大な劇判が流れる。
『——来世があるなら、今度はクラスメイトとして出会いたいな』
『そうだね、お兄ちゃんっ』

「は!?」「『お兄ちゃん』!?」
 2人は手を止め、テレビに視線を釘付けにされる。ロマンス映画の中のカップルは、そのまま同じ家に「ただいまー」と言いながら入っていった。
 禁断の愛。しかもお互い制服を着た高校生、という設定。
——絶対こっちの方が子どもたちの前で流したらダメじゃない?

 数秒の沈黙の後。
 眞紘は畳み終わった洗濯物を器用にも寝ころびながら種類ごとに並べ始め、澪凛もそれに続く。
「まあでも、妹たちが幸せならそれで良いんだけどな。もちろん澪凛も」
 
 先ほどの衝撃波の前にしていた会話を思い出し、澪凛は口を開いた。
「結愛はめっちゃ優しいって言ってたよ、彼氏のこと」
「男バレの先輩だっけか。俺の周りも大体部活で知り合ってんな、そういえば。はー、部活なぁ……」

 眞紘は畳んだばかりのタオルに顔を埋めた。
 「私たちは部活とかできないもんね」という言葉が出かかって、飲みこんだ。多分お互いに。それを言ったら、本当に終わってしまうから。

「恋愛したら、本当に心の穴って埋まるのかな」
 代わりに澪凛から出てきた言葉はあまりにも軽薄だった。

 その瞬間、リビングに流れる空気が変わった。
 テレビに映る、クライマックスを迎えたロマンス映画の主人公たちはキスをして愛し合っている。
 それをかき消すかのように眞紘は小さく笑って、顔だけを澪凛の方へ向けた。

「じゃ、恋愛してみればいいんじゃね。彼氏でも彼女でも作ってみてさ」
「無理無理。私って愛想よくないじゃん。そもそも人って信じられないし」

 眞紘は持っていたタオルを澪凛の傍にあるタオルの山に置き、寝ころんだまま澪凛を見据えた。
「……それ、いつからそう思ってんの?俺の知らない所で誰かとなんかあった?」
「いやないけど……。もうずっとこんな感じ」

 澪凛の心に少しだけ暗い影が落ちる。明確な何かがあったという記憶がある訳ではないのに、いつからか澪凛の中には「人は信じられない」という前提のようなものがあった。

「恋愛という名目でみんな好き勝手やって、楽しいの?道義とかはないわけ?」

 眞紘は「んー……」と何やら考えながら身体を起こし、澪凛の目の前に座った。

「腹が減ったら食うし眠かったら寝る。それと一緒。じゃあ試してみるか、どうせ血は繋がってないんだし」
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