転生したら虐げられ令嬢だったので、異世界で温泉旅館始めてみました!
フォーチュンクッキー
旅館がオープンした。公爵夫人のおかげで、何組かのお客様を迎えて始めることができた。
旅館の入口に『花葉亭』と木製の看板をかける。
「なんて読むんだ?」
「『かようてい』よ。なんか可愛いでしょ?」
ジョシコーセーの最強ワード「カワイイ」を使う。最強呪文。
実は前世の旅館が『華葉旅館』だった。漢字を簡単にしただけだ。この世界の人たちには謎の名前だけど、なんとなく私は繋がりを持ちたくて、縁起を担いでみた。
「さーてと!ちょっと屋敷の方へ行ってくるわ」
チリンッと私は鳴らす。
なんと!これは自転車のベルだ!トトとテテと試作を何度も繰り返し完成したものだ。部品を作るのがけっこう大変だった。私は説明するけど構造まではわからない。トトとテテのおかげである。ホントに二人は天才発明家だと感心してしまう。
「またそれかーーっ!やめろよ!怪我するぞ!」
リヴィオが止める。周囲の旅館スタッフまでもが、震える声でお嬢様〜!おやめください!と言っている。
高校へ行くのにチャリ通だった私にしたらチョロいもんだけど、皆が乗れなかった物だから、危険物に認定されている。
リヴィオすらコケた。もちろん、なかなか無い光景だったので、指さして笑ってやった。それからリヴィオは乗らない。
得意げに私はペダルに片足をかけて、皆に笑いかけ、チャッと手を挙げて、カッコつける。
「フッ……じゃ!すぐ戻るから!」
ニホンでしたら確実にダサい。
初めて自転車に乗れるようになった時の子供のような得意気さにちょっと自分でも恥ずかしくなりつつ、キコキコ漕いでいく。
屋敷と旅館を往復するにはかなり時短になるし便利なんだけどなぁ。ドレスは着用できないけどね。
屋敷の用を済ませて帰ってくるとリヴィオが花葉亭と書かれた法被を着て待っていた。
「えっ!?それ着てくれてるの?」
「なんだ?悪いか?」
いや……別に良いんだけど。端正な顔立ち、高身長な彼に似合ってるような似合ってないような微妙なところだ。まず手足が長いからサイズが合ってない。
「着てくれるなら、リヴィオのサイズを発注しておくわ」
「ああ…スタッフに紛れていた方が護衛しやすいからな」
素直に着てみたかったと言っても良いのよ。と思いつつ素直じゃないのがリヴィオだよね。少し顔が赤い。
スタッフが集合し、朝礼を始める。
「おはようございます」
『おはようございます!』
「今日のお客様は男爵家のフィリッツ=スペンサー様と奥様のグレース様です」
後は日帰りのお風呂と昼食付きプランの人達だ。宿泊よりは割安で近場のナシュレの人達にもちょっとした温泉旅館気分を味わってもらっている。
普通の人の稼ぎで泊まろうと思ったら、そこそこお金を貯めないとダメなお値段設定になっている。だからこそ特別感があるかなと思っているが、まずは馴染みの旅館になるために日帰りプランも用意してある。
「いらっしゃいませ、スペンサー様」
お客様を玄関でお迎えする。ゆっくり倒して頭を上げるときはスッと早めにお辞儀する。綺麗で丁寧にみえるのよと前世の母が言っていた。
「もう!あたし帰る!」
「なんだよ!それくらいのことで怒るなよ!」
「それくらいですって!?どれだけあたしが我慢してると思ってるの!?」
「こっちだって色々我慢してんだ!」
「あっそう!じゃあ別れましょ!」
「離縁……ってことか!?えっ……と。いや、そこまで……」
馬車の御者がドアを開けると……喧嘩中だった。え?なにがあったの!?
紫水晶のように綺麗な目をしたスペンサー夫人のグレースは帰る!と言いつつも怒ってプリプリしながら馬車から降りてきた。慌てて後ろから追いかけてくるスペンサー男爵。
「荷物を運ばせて頂きますね」
ニッコリと微笑みを作ったが、逆効果で、フィリッツがイライラしたように私に言う。
「笑ってる場合か!こっちは困ってるんだぞ!」
オープンして初のちょっと困った事件かも……まさかいきなり離縁の危機を目の当たりにするとか……女将ならどうする?これ?新米女将なので経験不足は否めない。
「お力になれますなら、お話お伺いしますわ。どうなされましたか?」
スタッフに先に夫人を部屋に案内し、お茶とお茶菓子を用意するよう指示する。フィリッツが玄関ホールの喫茶コーナーに残る。
「それが…」
言いにくそうだ。
「はい?」
私は相槌を打ちつつ、お茶とお菓子を差し出す。フィリッツはお茶を一口飲むと決心したように話し出す。
「実は浮気相手の誕生日とグレースの誕生日を間違えてしまい、おめでとうと馬車の中で言ってしまって怒らせた」
なんだってーっ!そんなお馬鹿なフィリッツが悪いよね?同情できなくないですか?そう思ったが、まだ続きがあるようなので、とりあえす話を聞く。
「しかし!貴族の男にとっては女遊びはつきものだろう!?相手のこともグレースは前々から知っていんだ。それをあんなに怒らずとも!」
「貴族の男のイメージ、勝手に作らないでほしいな」
王家の宰相も務める、今をときめく公爵家の三男、リヴィオが腕組みをしてボソッと私だけに聞こえるような小さい声で、ツッコミをいれる。
ん?……でもリヴィオは学園時代、相当モテていて、美女のお姉さま達に囲まれていた気がするけど?いつも違う女性といたような?そこは結婚してないし、セーフなの?仕事中なので、触れずに流しておくことにする。
「お好きな相手のことですし、怒りたくなるのでしょう。関心の無い相手には無関心ですわ。フィリッツ様のことグレース様も好きなのだと思いますけど……グレース様にも話を伺ってもかまいませんか?」
構わない!と言う。強気の発言した後はだったが、藁にもすがるように私に言う。
「頼む。離縁されたくないんだ」
「つまりフィリッツ様はグレース様がお好きなのですね?」
「もちろんだ!」
「それは良かったです」
やれやれ。じゃあ誕生日間違えるなよ。浮気するなよ。と思ったが、そこは私が関わるところではないのでグレースの元へと行く。
お部屋担当スタッフが部屋の入口で立っていてオロオロと困っていた。三編みのカワイイ子で気配り上手な人だ。
「どうしたの!?」
「お茶とお菓子をお出ししたのですが、すぐ出ていくように言われて、今は一人にしてほしいとのことでしたので、どうしたら良いか……中で泣き声や怒ってらっしゃる声もしますし、そっとしてあげるほうがよろしいのかどうかと」
言われてみれば中から『あの一年中お花畑男っ!』『あたしの気持ちも知らないで!』ピーッと他の言葉は禁止用語として伏せておく。
私は深呼吸してから、ドアをノックした。
「グレース様、失礼いたします。女将のセイラです。入室してもよろしいですか?」
ピタリと止む声。しばらく間があった。返事を待つ。
「いいわ。入って頂戴」
私は失礼しますといってドアを開けて入ってお辞儀する。
スミレ色の目が濡れている。
「グレース様、お風呂はいかがですか?当旅館のお風呂は評判が良く、お客様達にご利用頂いてます。気持ちいいですよ」
「え?」
何か話をされると思っていたらしく、お風呂に誘われて少し驚いている。
「お部屋に個室風呂もありますし、嫌ではなければ大浴場へ行かれてもいいかもしれません。どちらも源泉をひいてあり、お肌スベスベになりますよ!傷や痛みなどにも効果があって、疲れも取れますし」
「そうね……今、そんな気分じゃないんだけど、あなた、好きな殿方に屈辱的な思いをさせられたことありますの?」
「私のことは参考にならないかと……このように仕事人間ですし、恋愛には程遠いです。奥様ほど女性として魅力的ではありませんし」
「ええっ!?若いのに仕事ばかりはもったいないわよ!」
そう言うが、グレースも若い。私とあまり変わらない。
「なかなか仕事も楽しいものです」
「そうだったわ。あなたバシュレ家の孫娘だったわね。新しいことをしてみたいと思うのは血筋なのかしらね」
クスクス笑いだした。言いたいのはお祖父様のことだろう。
「そうねぇ。あたしも何かしようかしら?何もしてないからフィリッツのことばかり目がいくのよね。他の貴族や王族の奥様たちとお茶会ばかりしていると、どうしても噂話ばかりになって、旦那の嫌なとこばかり目がいって口やかましくなっちゃうの」
お茶会の雰囲気は、たしかに楽しそうだけど相当な社交好きでないと辛いものはある。
「なるほど……」
「あたしも貴族の奥様だから、こんなこともあるって、わかってるのよ。フィリッツに遊び相手がいることも知ってたわ。でもねー、どうしても許せないことってあるわよね!フィリッツ……恋人の時はすごくマメに手紙をくれて嬉しかったわ」
「そうですね。待っている相手から手紙がくると嬉しいものですよね」
「あの頃はそれだけでよかったのにねぇ」
どこか寂しそうに言う。今、話してくれたこと以外にもスペンサー夫妻にはいろんなことがあるのだろう。
私にできることといえば……。
「良ければお風呂の用意をいたしますよ?一度、ホッとされるといいかもしれません。奥様、お疲れのご様子ですし」
お願いするわとグレースは微笑んだ。
「お部屋のお風呂もありますけれど、後からお嫌でなければ大浴場もオススメです。夜は空いてますよ」
大浴場のほうが広々としていて気分転換になるだろう。
「そうね、せっかく来たのだから評判の温泉は入ってみたいわ」
ごゆっくりどうぞと私は声をかけて下がる。さてと……どーしょーもない男のフィリッツの協力を少し得てすることがある。
グレースとフィリッツはお風呂に入り、別々に過ごして時間をおいたことで、少し気分も落ち着いたようだった。お互い気まずいらしくあまり喋らない。
私は雰囲気を良くしようと明るい声で言う。
「先程のお茶とお菓子、もう一度いかがですか?フィリッツ様がお手伝いしてくださったお菓子ですわ」
「え!?フィリッツが!?」
グレースの驚きにフィリッツが頷く。
「す、すまなかった。もう二度と相手の女性とは会わない」
そう言って、お菓子の箱をグレースの前に置いて開いた。
「クッキー?」
「食べてみてくれ」
グレースが一つとって口に運ぶ。カリッと焼けたクッキー。
「何か、中に入ってるわ」
小さな白い紙を取り出して開く。
『最初からやり直させてほしい』
グレースが無言で2個目をパリッと食べる。
『今も昔も素敵だ』
フィリッツは緊張の面持ちでグレースを見ている。無表情だった顔が歪む。
「もう!なにしてるのよ………ありがとう。フィリッツ、嬉しいわ」
パアアアとわかりやすく明るい顔になるフィリッツ。
『ずっと一緒にいたい』
3つ目のその紙片をグレースはギュッと握っていう。
「あたしも同じこと思ってたわ。でも二度と遊び相手を作らないで!」
わかったと約束し、ホッとするフィリッツ。
その後の二人は明るい雰囲気で夕食をとったのだった。
スタッフ用の休憩室でリヴィオとお茶を飲み、休む。なんとか、くつろいでもらえる雰囲気になって良かったと安堵する。
「ありがとう。フィリッツ様の方の話を聞いてくれていたんでしょ?なんか……思った以上に反省していたけど何の話をしたの?」
「男同士の話だ。言わねーよ」
そう言って、教えてくれない。気になるじゃないの。
「へー。おもしろいお菓子だな」
リヴィオが残ったお菓子を手にしている。
「食べてみていいわよ。私も試作に作ってみたの!」
カリッと良い音を出して食べたリヴィオ。シーーンと静かだ。長い間。
「ん?何が書いてあったの?」
「え?いや、なんでもないさ」
そう言ってじっと長々と紙片を眺めているリヴィオだった。私が作った中身は辻占せんべい。おみくじ要素のあるフォーチュンクッキーだ。スタッフ達が楽しめると思って、休憩室に置いたのだが、何が出たのだろう?
つい気になってチラリと覗き込んでしまう。
『恋する思いが叶う』
あ、ごめん。女性スタッフ多いからさ……そんなのが喜ばれるのよ。くじの割合に恋愛要素を多くいれすぎたかな?でもそこまで深く考えなくても……ただの占いじゃないの。
私も一つ手を伸ばして食べてみる。カリッと音がして割れる。
『家中に思いもよらぬ出来事あり』
ん?こんな文章入れたっけ?私までじっと固まってしばらく紙片を見ていたのだった。
旅館の入口に『花葉亭』と木製の看板をかける。
「なんて読むんだ?」
「『かようてい』よ。なんか可愛いでしょ?」
ジョシコーセーの最強ワード「カワイイ」を使う。最強呪文。
実は前世の旅館が『華葉旅館』だった。漢字を簡単にしただけだ。この世界の人たちには謎の名前だけど、なんとなく私は繋がりを持ちたくて、縁起を担いでみた。
「さーてと!ちょっと屋敷の方へ行ってくるわ」
チリンッと私は鳴らす。
なんと!これは自転車のベルだ!トトとテテと試作を何度も繰り返し完成したものだ。部品を作るのがけっこう大変だった。私は説明するけど構造まではわからない。トトとテテのおかげである。ホントに二人は天才発明家だと感心してしまう。
「またそれかーーっ!やめろよ!怪我するぞ!」
リヴィオが止める。周囲の旅館スタッフまでもが、震える声でお嬢様〜!おやめください!と言っている。
高校へ行くのにチャリ通だった私にしたらチョロいもんだけど、皆が乗れなかった物だから、危険物に認定されている。
リヴィオすらコケた。もちろん、なかなか無い光景だったので、指さして笑ってやった。それからリヴィオは乗らない。
得意げに私はペダルに片足をかけて、皆に笑いかけ、チャッと手を挙げて、カッコつける。
「フッ……じゃ!すぐ戻るから!」
ニホンでしたら確実にダサい。
初めて自転車に乗れるようになった時の子供のような得意気さにちょっと自分でも恥ずかしくなりつつ、キコキコ漕いでいく。
屋敷と旅館を往復するにはかなり時短になるし便利なんだけどなぁ。ドレスは着用できないけどね。
屋敷の用を済ませて帰ってくるとリヴィオが花葉亭と書かれた法被を着て待っていた。
「えっ!?それ着てくれてるの?」
「なんだ?悪いか?」
いや……別に良いんだけど。端正な顔立ち、高身長な彼に似合ってるような似合ってないような微妙なところだ。まず手足が長いからサイズが合ってない。
「着てくれるなら、リヴィオのサイズを発注しておくわ」
「ああ…スタッフに紛れていた方が護衛しやすいからな」
素直に着てみたかったと言っても良いのよ。と思いつつ素直じゃないのがリヴィオだよね。少し顔が赤い。
スタッフが集合し、朝礼を始める。
「おはようございます」
『おはようございます!』
「今日のお客様は男爵家のフィリッツ=スペンサー様と奥様のグレース様です」
後は日帰りのお風呂と昼食付きプランの人達だ。宿泊よりは割安で近場のナシュレの人達にもちょっとした温泉旅館気分を味わってもらっている。
普通の人の稼ぎで泊まろうと思ったら、そこそこお金を貯めないとダメなお値段設定になっている。だからこそ特別感があるかなと思っているが、まずは馴染みの旅館になるために日帰りプランも用意してある。
「いらっしゃいませ、スペンサー様」
お客様を玄関でお迎えする。ゆっくり倒して頭を上げるときはスッと早めにお辞儀する。綺麗で丁寧にみえるのよと前世の母が言っていた。
「もう!あたし帰る!」
「なんだよ!それくらいのことで怒るなよ!」
「それくらいですって!?どれだけあたしが我慢してると思ってるの!?」
「こっちだって色々我慢してんだ!」
「あっそう!じゃあ別れましょ!」
「離縁……ってことか!?えっ……と。いや、そこまで……」
馬車の御者がドアを開けると……喧嘩中だった。え?なにがあったの!?
紫水晶のように綺麗な目をしたスペンサー夫人のグレースは帰る!と言いつつも怒ってプリプリしながら馬車から降りてきた。慌てて後ろから追いかけてくるスペンサー男爵。
「荷物を運ばせて頂きますね」
ニッコリと微笑みを作ったが、逆効果で、フィリッツがイライラしたように私に言う。
「笑ってる場合か!こっちは困ってるんだぞ!」
オープンして初のちょっと困った事件かも……まさかいきなり離縁の危機を目の当たりにするとか……女将ならどうする?これ?新米女将なので経験不足は否めない。
「お力になれますなら、お話お伺いしますわ。どうなされましたか?」
スタッフに先に夫人を部屋に案内し、お茶とお茶菓子を用意するよう指示する。フィリッツが玄関ホールの喫茶コーナーに残る。
「それが…」
言いにくそうだ。
「はい?」
私は相槌を打ちつつ、お茶とお菓子を差し出す。フィリッツはお茶を一口飲むと決心したように話し出す。
「実は浮気相手の誕生日とグレースの誕生日を間違えてしまい、おめでとうと馬車の中で言ってしまって怒らせた」
なんだってーっ!そんなお馬鹿なフィリッツが悪いよね?同情できなくないですか?そう思ったが、まだ続きがあるようなので、とりあえす話を聞く。
「しかし!貴族の男にとっては女遊びはつきものだろう!?相手のこともグレースは前々から知っていんだ。それをあんなに怒らずとも!」
「貴族の男のイメージ、勝手に作らないでほしいな」
王家の宰相も務める、今をときめく公爵家の三男、リヴィオが腕組みをしてボソッと私だけに聞こえるような小さい声で、ツッコミをいれる。
ん?……でもリヴィオは学園時代、相当モテていて、美女のお姉さま達に囲まれていた気がするけど?いつも違う女性といたような?そこは結婚してないし、セーフなの?仕事中なので、触れずに流しておくことにする。
「お好きな相手のことですし、怒りたくなるのでしょう。関心の無い相手には無関心ですわ。フィリッツ様のことグレース様も好きなのだと思いますけど……グレース様にも話を伺ってもかまいませんか?」
構わない!と言う。強気の発言した後はだったが、藁にもすがるように私に言う。
「頼む。離縁されたくないんだ」
「つまりフィリッツ様はグレース様がお好きなのですね?」
「もちろんだ!」
「それは良かったです」
やれやれ。じゃあ誕生日間違えるなよ。浮気するなよ。と思ったが、そこは私が関わるところではないのでグレースの元へと行く。
お部屋担当スタッフが部屋の入口で立っていてオロオロと困っていた。三編みのカワイイ子で気配り上手な人だ。
「どうしたの!?」
「お茶とお菓子をお出ししたのですが、すぐ出ていくように言われて、今は一人にしてほしいとのことでしたので、どうしたら良いか……中で泣き声や怒ってらっしゃる声もしますし、そっとしてあげるほうがよろしいのかどうかと」
言われてみれば中から『あの一年中お花畑男っ!』『あたしの気持ちも知らないで!』ピーッと他の言葉は禁止用語として伏せておく。
私は深呼吸してから、ドアをノックした。
「グレース様、失礼いたします。女将のセイラです。入室してもよろしいですか?」
ピタリと止む声。しばらく間があった。返事を待つ。
「いいわ。入って頂戴」
私は失礼しますといってドアを開けて入ってお辞儀する。
スミレ色の目が濡れている。
「グレース様、お風呂はいかがですか?当旅館のお風呂は評判が良く、お客様達にご利用頂いてます。気持ちいいですよ」
「え?」
何か話をされると思っていたらしく、お風呂に誘われて少し驚いている。
「お部屋に個室風呂もありますし、嫌ではなければ大浴場へ行かれてもいいかもしれません。どちらも源泉をひいてあり、お肌スベスベになりますよ!傷や痛みなどにも効果があって、疲れも取れますし」
「そうね……今、そんな気分じゃないんだけど、あなた、好きな殿方に屈辱的な思いをさせられたことありますの?」
「私のことは参考にならないかと……このように仕事人間ですし、恋愛には程遠いです。奥様ほど女性として魅力的ではありませんし」
「ええっ!?若いのに仕事ばかりはもったいないわよ!」
そう言うが、グレースも若い。私とあまり変わらない。
「なかなか仕事も楽しいものです」
「そうだったわ。あなたバシュレ家の孫娘だったわね。新しいことをしてみたいと思うのは血筋なのかしらね」
クスクス笑いだした。言いたいのはお祖父様のことだろう。
「そうねぇ。あたしも何かしようかしら?何もしてないからフィリッツのことばかり目がいくのよね。他の貴族や王族の奥様たちとお茶会ばかりしていると、どうしても噂話ばかりになって、旦那の嫌なとこばかり目がいって口やかましくなっちゃうの」
お茶会の雰囲気は、たしかに楽しそうだけど相当な社交好きでないと辛いものはある。
「なるほど……」
「あたしも貴族の奥様だから、こんなこともあるって、わかってるのよ。フィリッツに遊び相手がいることも知ってたわ。でもねー、どうしても許せないことってあるわよね!フィリッツ……恋人の時はすごくマメに手紙をくれて嬉しかったわ」
「そうですね。待っている相手から手紙がくると嬉しいものですよね」
「あの頃はそれだけでよかったのにねぇ」
どこか寂しそうに言う。今、話してくれたこと以外にもスペンサー夫妻にはいろんなことがあるのだろう。
私にできることといえば……。
「良ければお風呂の用意をいたしますよ?一度、ホッとされるといいかもしれません。奥様、お疲れのご様子ですし」
お願いするわとグレースは微笑んだ。
「お部屋のお風呂もありますけれど、後からお嫌でなければ大浴場もオススメです。夜は空いてますよ」
大浴場のほうが広々としていて気分転換になるだろう。
「そうね、せっかく来たのだから評判の温泉は入ってみたいわ」
ごゆっくりどうぞと私は声をかけて下がる。さてと……どーしょーもない男のフィリッツの協力を少し得てすることがある。
グレースとフィリッツはお風呂に入り、別々に過ごして時間をおいたことで、少し気分も落ち着いたようだった。お互い気まずいらしくあまり喋らない。
私は雰囲気を良くしようと明るい声で言う。
「先程のお茶とお菓子、もう一度いかがですか?フィリッツ様がお手伝いしてくださったお菓子ですわ」
「え!?フィリッツが!?」
グレースの驚きにフィリッツが頷く。
「す、すまなかった。もう二度と相手の女性とは会わない」
そう言って、お菓子の箱をグレースの前に置いて開いた。
「クッキー?」
「食べてみてくれ」
グレースが一つとって口に運ぶ。カリッと焼けたクッキー。
「何か、中に入ってるわ」
小さな白い紙を取り出して開く。
『最初からやり直させてほしい』
グレースが無言で2個目をパリッと食べる。
『今も昔も素敵だ』
フィリッツは緊張の面持ちでグレースを見ている。無表情だった顔が歪む。
「もう!なにしてるのよ………ありがとう。フィリッツ、嬉しいわ」
パアアアとわかりやすく明るい顔になるフィリッツ。
『ずっと一緒にいたい』
3つ目のその紙片をグレースはギュッと握っていう。
「あたしも同じこと思ってたわ。でも二度と遊び相手を作らないで!」
わかったと約束し、ホッとするフィリッツ。
その後の二人は明るい雰囲気で夕食をとったのだった。
スタッフ用の休憩室でリヴィオとお茶を飲み、休む。なんとか、くつろいでもらえる雰囲気になって良かったと安堵する。
「ありがとう。フィリッツ様の方の話を聞いてくれていたんでしょ?なんか……思った以上に反省していたけど何の話をしたの?」
「男同士の話だ。言わねーよ」
そう言って、教えてくれない。気になるじゃないの。
「へー。おもしろいお菓子だな」
リヴィオが残ったお菓子を手にしている。
「食べてみていいわよ。私も試作に作ってみたの!」
カリッと良い音を出して食べたリヴィオ。シーーンと静かだ。長い間。
「ん?何が書いてあったの?」
「え?いや、なんでもないさ」
そう言ってじっと長々と紙片を眺めているリヴィオだった。私が作った中身は辻占せんべい。おみくじ要素のあるフォーチュンクッキーだ。スタッフ達が楽しめると思って、休憩室に置いたのだが、何が出たのだろう?
つい気になってチラリと覗き込んでしまう。
『恋する思いが叶う』
あ、ごめん。女性スタッフ多いからさ……そんなのが喜ばれるのよ。くじの割合に恋愛要素を多くいれすぎたかな?でもそこまで深く考えなくても……ただの占いじゃないの。
私も一つ手を伸ばして食べてみる。カリッと音がして割れる。
『家中に思いもよらぬ出来事あり』
ん?こんな文章入れたっけ?私までじっと固まってしばらく紙片を見ていたのだった。