婚約者と仕事を失いましたが、隣国ですべてバージョンアップするようです
「御主人さまの魔力が強すぎて、人間の姿になっちゃいました」
「あたしたち、お屋敷のメイドとして働きます」
「ごしゅじんさま、あとで、あたしたちに名前、付けてください」
 わかったわ、とアリサがうなずくと、彼女たちは小躍りしながら館へと向かう。
「えっと、男性使用人も必要よね……さっき捕まえたコボルト、あの子たちを呼びましょう」
 まずは二人くらいでいいだろう。家令一人と執事一人……。
 魔法陣がぴかりと光り、仕立ての良いスーツに身を包んだ男性が二人。片方は、初老だろうか。ダークブラウンの短い髪はきちんと撫でつけられている。
 もう一人は、若い――二十歳前後だろうか。ダークブラウンの髪を首の後ろで一つに括っている。
「えーと、年上のあなたが家令で、若いあなたが執事ね?」
 さようでございます、と、二人の声が揃った。よく見れば、二人の顔が似ている。端正な顔立ち、上品な物腰。
「……兄弟? いえ、親子のコボルトかしら?」
 はい、と執事が元気よく答える。
「ご主人様の魔力が強いので、我々は人型になった上に美形になったようです」
 にこり、と渋い美形の家令に微笑まれて、アリサは思わずどぎまぎしてしまった。
「よっし、おやじ、職場に向かおうぜ!」
「おやじではない、その言葉遣い、なんとかせよ!」
「あいよっ!」
 親子がじゃれあいながら館に向かうのを、アリサはぽかんとして見送った。

「今のところ、わたくし好みの美男美女ばかり、よ……」
 己が一番貧相ね、と、思わずアリサは苦笑した。

 それからしばらく散策したあと館に戻りかけて、料理人も必要だろう、ということに気付いた。館の護衛には屈強な男性が数人いたほうが良いかもしれない。
「ちょっと森で妖精や魔獣を見て来ましょう。強い魔獣がいないことを願うばかりね」
 すぐに戻ってきたアリサは、庭先に魔法陣を描いた。大きな魔法陣である。
 そして、あれこれ思い描きながら魔法陣を光らせていく。召喚した妖精や魔獣たちはもれなく全員が人型になり、揃いも揃って美形である。
 王都でもここまで美形が揃うことはないだろう。
「そういえば、この地には強力な魔獣や古龍がいるんだったわよね。彼らも、聖獣化したり召喚したり、可能なのかしらね」
 もちろん可能ですよ、と、穏やかなテノールが響いた。
「……あら? どちらさまでしょう?」
 鮮やかな緋色の髪と緋色の目をした、背の高い青年がいつの間にかアリサの横に立っていた。
「……ふうん、こんなに魔力が強くて、こんなに美しいレディが王都にいたなんてねぇ……」
 青年は、白く長い指でアリサの髪を一房掬うと、そこに口づけを落とした。
「ひ!?」
「……男には不慣れかな? これは初心で可愛らしい」
 くすりと楽しそうに笑った赤い髪の男は、そのままアリサの顎に指をかけ、上を向かせた。恐ろしいほどの美貌がすぐそばにある。
「ふぇえ、な、なんで、す、か……」
「真っ赤になって可愛い。よし、気に入った……この魔力も心地いいし、きみがここでどうやって妖精たちと暮らすのか、興味が湧いた。しばらく館に滞在させてもらうよ」
 アリサは「えええええ!」と素っ頓狂な声をあげてしまった。パクパクと口を開け閉めするだけで、言葉が出ない。
「本当に、可愛らしいレディだ」
 美貌の男性の姿が掻き消え、そこには、真っ赤な竜が顕現していた。
「え、竜!?」
「この方が良さそうだ。わたしの兄弟たちは皆、用心深い。あなたに会いに来るまでに、もう少し時間が必要だ。許してくれ」
「か、か、構いません……」
 へなへなと腰が抜けてその場に座り込んでしまったアリサを、竜はぱくりと咥えて、館の中へと運び込んだ。

 翌日からアリサは、妖精たちと楽しくスローライフをはじめた。
 田畑を耕し、領地を視察する。妖精たちが手伝うので作業はどんどん捗る。
 領民たちが困っていることがあれば、魔法や書物で学んだ知識を活用し、時には領の法律改正をして彼らを助ける。
「新領主さま、助かりました。彼らをしばらくお借りします」
「いいえ、また何かありましたらお気軽にご相談くださいね!」
 頭を下げる猟師のそばで、美少年が三人ほど、がんばるねー! と合唱する。森でいたずらばかりしていた魔獣三頭を従魔にし召喚したところ、彼らは三つ子の美少年になった。
 その三人を、猟師の手伝いとして貸し出すことにした。アリサも、猟師もニコニコだ。
「お役に立ててよかったわ! 森は荒らされなくなってし、おじいさんの人手不足も解消!」
 緋色の髪の美形に話しかければ、青年がゆったりと頷く。
「見事な手並みでした……素晴らしい」
 唇が触れそうなほどの距離で嫣然と微笑まれてアリサは真っ赤になった。
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