婚約者と仕事を失いましたが、隣国ですべてバージョンアップするようです
「馬鹿者が! お前らが追放したアリサ嬢こそが、真の聖女であったのだ……」
 そんなはずないあいつは偽聖女だ、と王子は喚くが、玉座でしかめっ面の父王は、ため息でそれを否定する。
「何という大失態……アリサ嬢が消えてから、我が国は魔物が跋扈し、王都の結界が消えてしまったのじゃぞ」
「ですから、その結界をソフィアが張りなおせばいいのでしょう?」
 ふふ、とソフィアが妖艶に微笑む。
「結界なんて面倒なものを展開するより、みんなで魔物狩っちゃえばいいのよ。騎士団、暇でしょ?」
「ああ、ソフィア! なんて名案なんだ……」
「ふふっ」
「今すぐ、兄上に頼んで騎士団を出発させよう」
 王の前であるにもかかわらず、王子とソフィアは熱烈に抱き合い、キスを交わす。ごほんごほん、と王は、咳払いで割って入った。
「いいか! ……大神殿に問い合わせてみたが、次の聖女は見当たらぬ、しばらくは聖女不在だと回答があったぞ」
「それは、大神官の秘蔵っ子だったアリサから聖女の称号を剥奪したことを恨んで、ソフィアを聖女と認めようとしないのでしょう。いつまでも偽聖女の味方でいるなら大神官の地位を剥奪し大神殿も解散を命じればいいのです。なぁにちょっと脅せばいいのです。このソフィアが聖女の力を使いこなしますよ、ねぇソフィア……」
 痴れ者が、と吐き捨てた国王は、玉座から立ち上がった。父上? 王にそっくりの息子たちが声をそろえる。
「わしが、騎士団に同行して魔物退治をしよう。愚かな息子の、愚かな発言を真に受けた愚かな父の、せめてもの罪滅ぼしじゃ……。そして、アイズ。居るか?」
「はい、お父さま、こちらに」
「お前は第六王子じゃが正妃の子、わしの魔力を受け継いだうえに正統な王位継承権じゃ。アリサ嬢も会わぬとは言い辛いはずじゃ。わしの代理人としてな、アリサ嬢に会ってきてくれ。そしてな、早急に我が国に戻ってきてくれるよう頼んでくれ」
「戻ってくださるでしょうか?」
「戻るに決まっておる。どこぞで、家も仕事もない、みじめな生活を送っておるであろうからな。これまでどおりの聖女の称号と衣食住を保証すれば、泣いて喜ぶじゃろ」
 承知いたしました、と、頭を下げたアイズ王子は小さくため息をついた。
 きっとアリサ嬢は、結界が消滅し魔獣が跋扈していると聞けば民を守るためにすっ飛んでくるに違いない。
「陛下、兄上。お尋ねしますが、アリサ嬢に偽聖女の汚名を着せてしまったのは我々です。それはどうお詫びするおつもりですか?」
 詫び? する必要はあるか? と、兄たちと父の声が重なった瞬間、末っ子王子は頭を抱えた。

――アリサさま、こんな国、戻ってこなくていいですから!


 アリサが領主になっておよそ半年。
 ヒューズ領の領主の館では、たびたび騒動が起こっていた。
「アリサさまは、王都には戻りません!」
「何べん言ったらわかるんですかっ!」
「お城にかえりなさいっ!」
 はたきや箒を振り回す美少女メイドが数人、王家からの使者を追い払う。ちいさな妖精たちも、群れになって使者に襲い掛かる。
「うわわ」
「だいたい、本当にアリサさまを偽聖女と貶めて申し訳ないと思っているなら、国王陛下か婚約破棄を告げた王子ご自身がいらっしゃるべきでしょう」
 と、これは、彫刻のように顔が整った若い執事が奥からやってきて告げた。自分と変わらない年齢であろうが、そのわりに落ち着いた雰囲気で、軍服で精一杯の虚勢を張っている第六王子のアイズはたじたじになってしまう。
「しかし! 真の聖女であるアリサさまにお戻りいただかないと、我が国は魔物に滅ぼされてしまいます」
「ソフィア嬢という聖女がいらっしゃるでしょう。お引き取りください。さぁみんな、仕事に戻るぞ」
「はぁい!」
 ぱたん、と扉が閉じられる。だが、アイズはめげない。
 聖女の守りがなくなった王都は、魔獣に蹂躙されて壊滅状態だ。騎士団で太刀打ちできたのは最初だけ、今はもう、魔獣が出たら逃げるしかないところまで追い詰められた。
「……うう、どうしたら、いいんだよぉ……聖女の守りはどうなってんだよぉ……兄貴もソフィア嬢も、魔獣に襲われて行方不明になっちまったし……。もう、国が崩壊しそうだ。アリサさま助けてください……」
 本気で王都を憂う、アイズである。
 それを館の屋根に留まって見ていたのは、緋色の竜である。「くあああ!」と一声鳴いた。驚いたアイズがそちらを見ると、山脈の方から青い竜が飛んでくる。
「え、竜が増えた……」
 青い竜はそのまま、アイズの前に舞い降りた。
「青い……竜……?」
 驚くアイズのそばに、緋色の髪の青年が顕現した。神がかった美貌に、アイズは一瞬眩暈を覚える。
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