忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜

プロローグ

3月半ば北陸山腹。大雪後の気温上昇による融雪で大規模な土砂崩れが発生した。
長さ100m、幅200mの範囲で山の斜面が崩れ、土砂の一部が河道に堆積し、直前その道路を走行していたリゾートホテルの送迎バスがその土砂災害に巻き込まれた。

「いい!無理!…………離して」

「捕まえてるから、自力で上ってこい!持ち上がらない……!くそっ……」

バスに乗車していた久徳葵は、窓を突き破り車外に放り出された。その勢いで道を滑り橋の欄干から落下するところだった。
すんでのところで同じバスに、乗車していた男性が横転したバスから飛び出し、彼女のコートの襟をつかみ、葵を引き上げようとしている。

30メートル下には雪解け水で水位が上がった大道川。落下したら命は助からないだろう。

葵には自分の体を持ち上げられるほどの腕力はない。男性は腕一本で彼女の体重を支える。

その時、土砂に紛れて落石した大きな岩が彼の後ろに迫っていた。流れ出した土砂と共に次の瞬間ゴゴォという鈍い音がしたかと思うと、岩に押されて男性と葵はそのまま川へ転落してしまった。

一瞬何が起こったか分からなかった。強く水面に打ち付けられて、一瞬意識がと遠のく。
水の勢いはすさまじかった。流れは速い。水面と川底の位置がわからない、上も下も右も左も。ぐるぐると水の中で自分が回転している。

「暴れるな!」

男性の怒鳴り声が聞こえたと同時に強い力で引き上げられる。必死に彼にしがみ付いた。

「暴れるな!泳ごうとするな……」

流されろ体力を消耗せず、ただ流れに身を任せろと彼は叫んだ。

息をすることだけに集中した。彼の右手はしっかり私を掴んでいる。



何百メートル流されたどろうか?もしかしたら何キロも流されているのかもしれない。
たまに流れが穏やかになる場所がある事に気がついた。自然と岸に近づくのを待つ。

「次、流れが緩い場所へきたら一気に川岸に上がる」

そう言い彼はタイミングを計った。








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