忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜


どれぐらい時間がたったのか、目を開けると自分はまだ固い地面に寝ていた。

シートに当たる雨は止んでいなかった。

私はまだ生きてるんだと思った。雨のおかげでいくぶん寒さは和らいでいるかもしれない。

激しく体がだるい。彼は帰ってこない。もうあたりは暗かった。
「真っ暗じゃ道も見えない……」
声にならない声を出した。

ここで死ぬんだなと思うと、いっそのこと川に落ちたときに死んでいれば、苦しまずに一瞬で死ねたのにとさえ思った。せめて彼だけでも助かってくれれば良いのに。

坂道から流れてくる雨水がシートの中にも入り込んで顔の半分は常に水に浸かっている。かろうじて腕を頬の下に置いて、呼吸ができるように動かすことはできた。朝日が昇るのを見ることはできないだろうと思った。

彼はこの道路を上にあがっていったのか下へ行ったのか……あれからどれ位時間が経ったのだろう。
ありがとうと言えばよかった。

彼は私を助けようと精一杯の努力をしてくれた。
彼一人だったらもっと早く動くことができただろうに……


葵は自分が生きてきた今までの事を思いだす。

チヤホヤされた学生時代。このまま自分の人生、華やかな約束された未来が待っていると思っていた。社会人になって6年を経て、自分の甘さを痛感した。

会社を背負っていけるほどと技量はなく。人望もなかった。古い管理体制のまま、変化を良しとしない世代たちが、居座っている会社の構造改革。
私に出来るはずない。

祖父は、右腕として働いてくれていた笹野さんを、今後会社の将来を任す人物として可愛がっていた。彼とのお見合いをちゃんと受けておけば、今こんな事には、なっていなかったのかもしれない。

一番若くて一番楽しいはずの時期を仕事で台無しにしてしまった。バックパッカーでもして、海外を放浪してればよかった。お金は十分あったんだし。

こんな状況になってまで恨み事しか出てこない自分は最低だと思った。
こんな気持ちで死んでいくなんて……


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