忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜
「……良かった生きてるな」

誰かの声が聞こえる。

呼吸を確かめて、葵の脈を確認している。


懐中電灯の光が顔に当たった。
助かった……そう思った瞬間。葵は体を抱き上げられ、それから台車のような物に寝かされた。

台車をよく見ると、決して担架などではなく荷物を運ぶ為の大きなリヤカーだった。

「後、1時間くらい頑張れ。ここまで耐えたんだ。絶対死ぬなよ」

彼は懇願するように彼女に話しかけると、葵の体の上にまたブルーシートを被せた。

リヤカーはギシギシ音を立てながらゆっくりと前に進んでいった。
ガタガタと道の凹凸をそのまま体に感じながら、こんな状態でも、痛みの感覚が自分に残っているんだと思った。
リアカーを引っ張っているであろう、彼の激しい息遣いに葵はまだ終わってなかったんだと落胆した。

時折腹の底から唸るように気合を入れる彼の声に、今の状況を考えようとしたが、途中で諦めて葵は瞼を閉じた。


暗くてよくは見えないが小屋のような建物の前に到着した。

ありがたいことに雨が止んでいるようだった。

上体を起こすことができないが目だけは開けて彼を見た。

「キャンプ場だ。今は閉鎖されているみたいだけど水と食料と寝床がある」

キャンプ場があったんだ。これで、誰かが救助が呼べる。
葵の目から涙が溢れ出す。
声は出せなかった。

「ずぶ濡れのまま中には入れないからここで洋服を脱がす」

何もできないから彼にされるがまま、全てを任せた。

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