忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜

バスルーム

「ぎゃあ!」

葵の叫ぶ声がバスルームに響いた。

葵はバスルームの床で滑って、思いっきり尻もちをついてしまった。そしてとんでもない格好で床にひっくり返っていた。
ドアを開けた山本さんが、はしたない葵の姿に驚いて手を貸した。
裸を見て「今更だから気にするな」と言い。
俺も手伝うと服を脱ぎだした。

「慣れてるから大丈夫だ」

確かにもう何度も裸同然で抱き合って眠っている。今更気にすることもないだろう。

「お願いします」

葵は頭を下げた。
そもそもこの状態から、自分一人では立ち上がることができそうにないと葵は思った。

片足がまだ十分使えない状態で立ったまま体をしっかり洗うことが難しかった。
けれどあちこちに泥がこびりついていて、ビニールタオルでゴシゴシ洗ってもなかなか落ちない。

髪の毛に関しては恐ろしいほどの塊があり、何度シャワーで流しても、濁った泥水が流れ落ちてくるばかりだった。

「……慣れてる?」

と葵は聞き返す。

「俺は医者だから慣れてる。患者の裸は見慣れている。気にするな」

彼は町で診療所をやっているらしく、従業員の健康診断でリゾートホテルに来ていた帰りに、バスの事故に巻き込まれたと言った。
なるほど ドクターだったか。ある意味葵は納得した。
足首の固定の仕方や薬の飲ませ方、脈の取り方も医療従事者のそれだった。

彼は台所から背中のついていないパイプ椅子を持ち込んだ。そこに葵を座らせると頭からシャワーを思い切りかけて水洗いで何度も髪の泥を流す。

そしてシャンプーをつけてゴシゴシ洗いだした。
葵は俯いたままされるがままに髪を洗われた。
美容師が洗ってくれるそれとは違い、男性の強い指の力でゴシゴシ現れる。痛いくらいだ。ずいぶん髪が抜けただろうなと感じた。
彼も濡れないように裸の姿だった。葵はできるだけ彼の体を見ないように目をつぶっていた。


裸の男性の下半身が目の前にある状態だった。

せめて背中側から洗ってもらえば良かったと、向かい合っている状態に赤面する。

さすがに彼もまずいと思ったのか、次は背中を洗うから反対向いてと葵の背中側に立つ。

ビニールタオルに石鹸をつけて、またもゴシゴシ洗い出す椅子に座っているのでさすがに体は自分で洗えると思ったが、せっかくしてくれているので、少し力が強いが文句を言わずに任せることにした。

痛めた足首の辺りを洗いながら、後でもう一度テーピングをきれいに巻き直すからと言った。

顔や首、胸にかけては自分でやるからと、タオルを渡してもらい、その間に彼は自分も髪を洗った。

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