忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜
「ほら、あれな……あれ」

二人とも全体力を奪い取られたような。そんな脱力感の中、布団の上に転がっている。

「……吊り橋効果」

「そう。それ実戦で証明したわ」

「バカみたい……」

葵はそう言いながらも太一の腕の中で彼の首元に顔を埋めた。

「でも、ありがとう……あの時、私を見捨てないでいてくれて」

かすれた声で言った。あんなに最悪な状態で、雨もずっと降り続けていて辺りは真っ暗。その中をリヤカー引っ張って1時間かけて戻ってきてくれた。

「気分はあれな、メロスだったわ」
彼の苦痛を感じ取って葵は黙って頷いた。

「私はあれね、シェルタリングスカイ」

映画?と彼が尋ねる。

「ケガをした奥さんを洞窟に残して助けを呼びに行くの。結局間に合わなくて奥さん死んじゃってるんだけど。待ってる間はそんなヒロインの気持ちだった」

「駄目なやつじゃね?アンハッピー終わりかよ」

「メロスだって死ぬでしょ」

「死なねぇよ」

「え、メロス死んでないの?」

「死なねぇよ。殺すなよ」

彼と話をする。こんな時間がなんだか嬉しかった。
生きてるんだと実感する。もう、このまま救助されなくてもいいかもと思ってしまうくらい。彼の体の体温が愛おしかった。

夜がくると、お米を鍋で温めて塩結びをあてにビールを飲んだ。
缶ジュースと共にお酒もストックしてあったのを彼が見つけてきてくれた。

「もうなんか、春になれば釣りとかして、ここで生活できんじゃね?って思えてきた」

「釣り道具そこにあるから釣ってきて」
「お前がいけよ」
「それ無理だから、私はニワトリ育てる。卵を産ませて目玉焼きつくる」
「まず、ニワトリ捕まえるとこからスタートだな。野生の奴なんて見たことないけど」

やけに和やかな雰囲気だった。二人で過ごす時間が永遠に続く気がした。
彼の肌の心地良さに葵は安らぎを感じた。


翌朝、キャンプ場に電気が通った。
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