忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜
第二章

あれから

「折れてた」

葵は山本太一の診療所まで診察を受けにきていた。あれからひと月が経過していた。

「だから折れてるかもっていったよね」

彼は呆れたように深いため息をついた。

「ちょっと痛みはあったけど、普通に歩けてたし、まさか折れてるなんて思ってなかった」

「……で、セカンドオピニオンの相談なの?」

「……」

「もう時間も経ってるし、足首固定しなくてもいいって言われなかった?それともギプスして欲しい?」

「なんでそう冷たいんですか先生」

「なんでわざわざここまで来てるんですか患者さん。悪いけど忙しいから、ひやかしなら迷惑です」

あの時確かにお互いの間に恋愛感情があった。
彼は結婚していないし、付き合っている相手もいないらしい。


「今日は先生の部屋で待ってます」

葵は右手を出した。鍵の要求だ。

「なに?そんなに欲求不満なのお嬢さん?」

少し冗談が過ぎたかと、太一は葵の顔を見て思った。

「7時には帰る」

そう言って太一は部屋の鍵を渡した。


久しぶりに、会えた。嬉しくないはずがなかった。
あの騒動でかなりマスコミに騒がれた。
彼女はすぐに大きな病院に入院し、面会できない状態を貫いていた。

祖父がかなりの大物で有名だった為に、久徳リゾートの孫娘が九死に一生を得るという内容で特番が組まれたほどだった。

太一は仕事を終え、葵の待ってい自分のマンションへ帰った。部屋に明かりがついているのは良いものだなと少しウキウキした気分でドアを開ける。

「ただいま……」

「シンガポールへ行くことになった」

部屋に入ると葵の第一声がそれだった。
シンガポール?急になんだよ、それを言いに来たのか?
太一は頭を整理する為にゆっくりと家にあがって、着ていたコートをハンガーにかけた。

「海外?」

「そう」

なにを言えばいいのか太一には分からなかった。



「今日会いに来てくれて嬉しかった」

考えた結果、口から出た言葉はそれだった。

葵はコクコクと頷くと、太一の首にしがみつき、膝の上に乗った。太一は顔を見せてと葵の前髪を優しく払う。



「日本が騒がしいから、祖父がかなり心配していて……騒ぎが収まるまで少し離れた方がいいっていう事になって……」

「どれくらい行くの?」

「いろいろと、落ち着くまで」

具体的な日数が知りたい。
未定なのだろう。
いつになったら落ち着くんだ?落ち着いたとは何を持って判断するんだ。

いろんな質問が頭をよぎる。けれど何も聞けなかった。

太一は何も言わず、ただギュッと葵を抱きしめた。

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