忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜
「なんか憂鬱そうな顔してるね」

英語で話しかけてくるのは、シェイン・ホウ。

いつものように葵は上級者ヨガのクラスを終えて水を飲みながら休憩していた。

「そうですね……日本に帰国できるかと思ってたんですけど、ちょっと無理みたいで」

「ははっ、なるほど。理由があって帰国できないの?セレブっぽく自由気ままに海外を楽しんでいるのかと思ってた」

シェインはトレーニングが終わったらしく、葵の元へおしゃべりしにやってきた。
人気のイケメンオーナー、会員の女の子たちの熱い視線を浴びている。

「私は自分で働いたお金で生活していくつもりです。親族から得たお金は何の自慢にもならない。うちの会社は私の代から世襲制じゃなくなります」

決まったわけではないが、事件があってから祖父は私を会社経営から外そうとしている。それは一生懸命に頑張って仕事をしてきた葵にとっては、少し悲しい事だった。
けれど、私より仕事ができる社員が会社には何人もいる。今後の会社の繁栄のためには彼らが社長の椅子に座るべきだ。

日本を離れて外側から自分の会社を見てみるとよくわかった。自分は会社を支えていく手伝いはできても、トップに立つ器ではない。

「それなら、僕との交際を少し真剣に考えてくれないかな?ちゃんと付き合ってもいい時期かもしれない」

現地の女の子たち曰く貴重な独身男性らしいシェインは。整った眉毛を少し上げてそう言った。

後ろ盾がない私でもいいのかしらと?疑問に思ったが。いつもの事だと軽く受け流す。

「ありがとうございます。お言葉は嬉しいんですけど、心に決めた人がいるので」

彼は女性関係も派手な方なので真面目には受け止めてはいけない。
イケメンは全世界共通で口説くのもスマートだなと感心する。

その時。



「失礼ですが、僕の彼女に何か?」

後ろから流暢な英語で話しかけてくる声が聞こえた。

葵が振り返るとそこには太一の姿があった。

半年ぶりに顔を見た太一はスーツ姿で、ジムの受付を何故かスルーして入ってきたようだ。
あまりの驚きに葵は言葉が出なかった。

「……往診に来た」

彼はそう告げると葵の手を引っ張って立ち上がらせた。




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