忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜
朝が来た。葵はずっと考えていた。
こんな山奥のホテルになんて来なければよかった。しかも1人で視察になんてどう考えてもおかしい。
相手側は案の定小娘ひとりでやってきたことに憤慨し、アポイントを取っていたにも関わらず、忙しいを理由にまともに話を聞いてくれず嫌味を言われる始末。
次はちゃんと上の人を連れてこいと言われた。

今回の視察はわざと私を困らせるために仕組まれた仕事だったのだろう。部署の上司の嫌がらせだ。


「……生きてるな」

ずっと葵を抱きしめながら眠っていた男性が目を覚ましたようだった。

「おはようございます」

「……ああ」
彼はかなり機嫌が悪そうだった。

この人は私を助けようとして一緒に橋から落下した。あの時、手を放していたら、彼はこんな目に遭わず済んだかもしれない。
怨まれて当然だろう。不愛想なのも頷ける。

けれど彼がいなければ葵は今こうして生きてはいなかった。

「助けていただいて有り難うございました」

そうお礼を言った。それ以上は口を開くのも辛い。体は寝返りも打てないほど固まってとても疲れている。

「いや……」

彼が体を起こすと、ビニールシートの隙間から冷たい風が入ってくる。

「一応、服を絞って干してはいたけど乾いてはいないだろう」

その時自分が裸同然だという事を思い出す。今更だが恥ずかしいと感じ庇うように両手で体を隠した。
その様子をちらっと見ると、彼は気まずそうに眼をそらす。

近くの岩の上に葵が着ていたスーツが干してあった。彼が着ていた物であろうジャケットも広げてある。
葵も起き上がろうと体を起こすが全身に痛みが走った。思わず「うっ」と声を上げた。

「いろいろぶつけたりしただろうから動かなくていい。特別何処か痛むところは?」

「全身痛いです」

彼はそれを聞くと、シートをめくり葵の体を観察した。

冷たい空気が肌を刺す。
「手を挙げてみて、指は動くか?」

手は細かいすり傷があるだけで特に問題なかった。
足は?と言われ、右足を上げて左足も同じようにしようとした時、激痛が走る。

「ああ、折れてるかもしれないな……」
彼はため息をついた。

まぁ、これだけで済んでよかったというところか。
固定できそうなものを探してくるから、君はここで救助を待っていて。彼はそう言い立ち上がった。

葵が自分の足を確認する。足首のちょうどくるぶし辺りがはれ上がっている。

< 3 / 33 >

この作品をシェア

pagetop