忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜
太陽が頭上近くまで昇る頃、彼は戻ってきた。

なかなか真っすぐな木が見つからなかった。そういい葵の左足、ふくらはぎから足の裏にかけて布を巻き付けた。多分彼の着ていたシャツを切り裂いて布を作ったのだろう。太めの枝を3本ほど添わせるとそれをパンストで固定した。何度もやり直しながら彼はしっかりと葵の足を固定した。

「ありがとうございます」

「ああ」

固定されても痛さはそのままだ。けれど泣きごとを言える状況ではない。

彼は怒っているのだろうかとても不愛想だ。

彼一人で助かったなら、こんな面倒なことをしなくても良かっただろう。下手に私という荷物をしょい込んでしまったため要らぬ仕事が増えた。きっと彼は一人なら歩いてここから脱出しているだろうと思った。

「どれくらいの距離、流されたんでしょう?」

「わからないけど、数百メートル単位じゃないだろうな。じゃなきゃもう救助が来てもおかしくない」
確かに消防車の音やヘリの音など全く聞かなかった。

「もしかしたら俺たちが川に落ちた事に気がつかれてないかもしれない」
「どういう意味でしょう……」

「バスが土砂に埋もれたとすれば、生き埋めになっている乗客を救助するだろう。数人が川へ落ちたとしてもそれを誰も見ていなかったら救助はこない」

あの時バスから投げ出されたのは自分だけだった。この男性はそれを見て窓から這い出てきた。
その後バスがどうなったかは分からないけど、もしかしたらバスはあのまま土砂に埋もれたのかもしれない。

「……バスは土砂に埋もれたんですか?」

「そこは俺も見ていない」

「バスの乗客は、中の人達はどうなったんでしょう?」

彼は黙っていた。と言うよりは無視されたに近い。
何でも彼が知っているわけがないだろうと、自分の質問の意味のなさに反省する。

無駄口は叩かず生き延びることを考えよう。

そう考え辺りを見回した。焚火ができればいいのにと思った。けれどマッチやライターなど自分は持っていないし運良く落ちている訳もない。
役に立ちそうなものを自分が探しに行けるわけでもない。こんな足では歩くこともままならない。自分はただの足手まといだ。救助を呼びに行ってもらおうか?彼は何故そうしないのだろう。

彼に質問したいが、不機嫌そうな様子から到底彼に尋ねる事などできなかった。





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