忘れられるはずがない〜ドクターに恋して〜
2時間ほどかけて、道路に辿り着いた。途中何度も、もうおろしてくれと頼み込んだが、それを無視し黙々と彼は葵を背負い山を登った。

背中から伝わる彼の熱量と、荒い呼吸から、人ひとりを背負い山道を登るしんどさが伝わる。

もういいからおろしてくれ、と何度も言ったが、その願いは聞き入れられなかった。
せめて少しでも、彼が楽になるようにと、意識をしっかり持って彼の背にしがみついた。

やっと到着した道路は、彼が何度も言ったように、もう何年も車なんて通っていないだろうひどい道だった。

大きな石が真ん中に転がっているし、倒れた木や草がそのまま道を塞いでいる箇所もある。
葵はうっすら目を開けてそれを確認したが、もうこれ以上最悪な状態は想像したくないと見ないふりをした。

葵はやっと背中からおろされたが、立ち上がることができなかった。

閉じた目を開けることさえもう出来ない。

彼は葵を抱きあげるようにして、そこに置いていたブルーシートに包み込む。

彼は何度かここまで来ていたようだった。
荷物といっても、ブルーシートとペットボトルくらいだが、それをこの場所に運んで来ていた。

葵を背負って登ってくるためのルートも確認していたのだろう。

「君はここで待っていて。俺が助けを必ず呼んでくる。後、数時間で日が暮れる。多分2、3時間後には暗くなるから。なんとか持ちこたえろ。寒さはシートで防げる。雨もシートを被っていれば当たらないから」

葵にはもう彼の言葉を聞く気力は残っていなかった。
ずぶ濡れの冷たい体をぶるぶる震わせながら、シートの中で目を閉じた。


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