魔法石の密造人/黒曜石と水晶とどっちが良い?
3
 翌日の晩に、私は一人で墓地の近くの森に赴いた。
 一人で、に見えるように。
 同じ場所で彼も待ち構えていて、二人がかりで襲ってきた魔族を殺すつもりだった。私が囮になって、釣りだす作戦なのだ。あんまりあからさますぎるから、しばらく待って襲って来なければ、彼も顔を出して「深夜の密会デート」を装う。
 つまり、夜のデートで襲われた女(私)をお相手なり通りがかりの男(素性不明)が偶然に所持していた魔法石器で助けるという筋書きだ。これならば実行者を曖昧にして、彼が復讐した事実も幾分なりとも隠しやすいはず。
 もし彼が一人でやれば「あいつの仕業だ、復讐したんだ」と推測されやすい(以後は狙われて安穏とは生きていけない)。私だって、付呪の特殊なスキルはできるだけ隠しておきたい。幸いに、魔法石器は使用すれば砕け散って現物が残らないから、証拠品から製造元・製作者を探られるリスクは低いのでないか。

「こんなに幾つも?」

 私があと三つの、秘密裏に自分で作った魔法石器を見せると、彼は驚いていた。

「たぶん、消費期限が近いから、複数売りだったのかも。あの行商の人、ひょっとしたら軍の関係者かもだけど、「威力が落ちてたり不発かもしれないから、一個だけでは確実じゃないから二三個でセットくらいの気で持っておけ」みたいなこと言ってた。一つ試してみたら、それなりに効きそうだったんだけど」

 あくまでも建前としては、偶然に軍かどこかの期限切れ近い放出品を安く手に入れたことにしておく。それで、彼には黒曜石を三つ渡した。「お守りだから」と嘘を吐いて、水晶も一つ持たせて。
 私は黒曜石を一つ持っていることにしているけれども、本当は黒曜石十個と水晶を三つ(水晶の一つは、彼にあげたのと同じに首から細い鎖でぶら下げた)。いざとなったらこれで足りるだろう。
 あまり大量に渡せば流石に出所をいぶかしまれるだろうし(きっと彼も不思議には思っているはず)、必要なら自分が乱射してもいい。経験のない彼よりも自分の方が落ち着いて行動できる可能性も高いし、魔族が襲うならまず若い女性の自分を狙って、しかも非力だと油断してくれるかもしれない。確実に仕留めるために一度に二つ三つの黒曜石を投げても、使ってしまえば飛散して証拠は残らないから、「たまたま自分の手持ちは威力の大きな当たり玉だったか、それとも期限切れ間近で不安定でかえって破壊力が出たのか」などとごまかせる。あとで状況次第では自分の秘密を打ち明けることも、考えの片隅にはあった。
 これでも過去に一度だけだが、夜道で魔族に襲われたのを返り討ちに殺したことがある(二年くらい前のことだ)。そういう事例が同じ地域であるだけでも、魔族たちには心理的な牽制になるはず。武器を持っていて逆襲される可能性があるだけでも、襲う側は躊躇や用心するだろうから。

(やっぱり、先に全部話しておいた方が良かっただろうか? もう一つくらい持たせてあげたら良かったかもしれない)

 夜の墓地で立ったまま、魔族の襲撃を待ち受けながら考える。
 先に全てを打ち明けて作戦を立てれば、その方がよりお互いに安全で確実だったかもしれない(逆に有利と感じて油断してしまうかもしれないから、どちらとも言えないが)。だがベラベラと自分の生死や人生に関わる秘密を明かしてしまう気にはなれない。彼はあのとき「私を選ばなかった」のだし、盲目的に勢いだけで喋ってしまうのは賢くないと思う。どこか屈折したわだかまりもあった。
 周囲を警戒しながらも、頭の片隅で考える。
 せめて「予備の石が手に入った」くらいは話しても差し支えないだろう。細かい説明はあとで考えるとしても。

(出てきて合流したら、ちょっとだけ簡単に話しておこうかな?)

 彼が「デートの相手」としてまだ近くに出て来ないのが待ち遠しい。そんな暢気な不満を持っている場合ではないのかもしれないが、寂しさや心細さや寂寥感もある。
 いつ襲ってくるかもわからない魔族を待ち受けているのだし、ほとんど釣りみたいなものだ。ひょっとしたら今晩は何事もなく終わるかもしれないのだし、あとは二人で平穏無事に過ごせるのかもしれない。
 後ろめたさはあったが、どこか私は利己的な期待や恋心で、こんなことをやっているのかもしれない。殺された新妻と赤ちゃんに同情していたのは本当なのだが、利害関係からすれば、自分は受益者になりうるのがやるせない。だから自分なりの義理もあって、こんな冒険をやっている。
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