魔法石の密造人/黒曜石と水晶とどっちが良い?
魔法石の賢明で密かな売り方(事件の後日談)
1
彼、ハンスのファス家は仕立屋と雑貨商を兼ねていて(彼自身が家内工業の若親方や経営者一族)、色々と具合が良かった。
一般に針仕事というと女性向けの仕事のイメージがあるけれど、まとまった顧客がいる場合には「規模の経済」というのはばかにならない。材料を(個々の家や個人消費より)まとめて大量に買うことで良質な素材を安く仕入れられるし、副産物の端切れなんかでクッションを作るようなことだってできる。何より、個々の家庭では保有できないミシン装置を使うことで、手早く上質な製品を大量に作れるのだ。
一般向けに店に並べたり出荷する他、オーダーメイド希望や固定客もいるわけで、そういう意味で人脈がある(小領主や参事会や各種の店舗・親方などとも付き合いはある)。だから情報が集まるし、どこに魔法石を必要としている人がいるかもわかる。そして人脈の多い雑貨商でもあるから「どこからともなく仕入れてきた放出品・消費期限近い魔法石」をこっそりと取り扱っても不自然さがない。
ハンスや「販売代理店」をやってくれることで、私はより効率的で安全にもなる。きっと見つかれば誘拐されたり殺されるがオチだろうし、レジスタンスを頼るにも盗賊まがいの連中が少なくないのだし、軍や警察ですら誰が信用できるか確信もなく面識も知識も足りないから。
2
だから、私の「行商人ごっこ」はあくまでデモストレーションや囮でもある。定期的ではあるけれども、日時も場所もできるだけ不規則にするし、売れなくても構わない。
本当の目的は「放出品の魔法石が出回っているらしい」という宣伝。それだけで、侵入してくる魔族犯罪者たちには威嚇になるだろうし、本当に欲している人は自分でハンスにつながるツテを見つけることだろう。
だから私が直接売るのはわざと形の悪い魔法石を選んで「放出品らしいけど」などと言いながら売りつける。誰の手に渡るかもわからないから、あまり威力が高すぎるようなものも避ける。いざというときに言いぬけするのに、あまりたくさんは持ち運ばない。
本命はハンスに渡して、秘密裏に確実に手渡して貰う。お客さんの領収書を見せて(販売するリスクを負ったファス雑貨商店の手数料を差し引いた)報酬のお金を渡してくれることになっていたが、金額には必ずしもこだわらない。だって私たちの目的は、魔族たちへの復讐とこれ以上の横暴を許さないことなのだから。
3
お昼時に、大きなパン籠をぶら下げて、ファス商店の裏の仕立て作業場にパンを運んでいく(作業している徒弟さんや家族の分も)。だって私の表向きの仕事はパン屋の看板娘なのだから(親族のパン焼き職人の親方のところで、生地を捏ねる手伝いや配達デリバリーをしている)。
受け渡しや、ちょっとした打ち合わせのやりとりをする機会はいくらでもある。
問題は、あんまり親密にしすぎるのはまずいことくらいだろうか。ハンスは妻子を失ってすぐということもあるし(私だって気が引けてしまう)、私たちの「免罪符」であるあの事件や魔法石ビジネスのことは下手に公にはできないから。
前に進んでいる充実感はあるし、犠牲を払ったから、前に進むしかない。あの哀れな新妻さんと可愛いあの子を奪った魔族やその悪仲間たちを、私たちは絶対に許さない。
彼、ハンスのファス家は仕立屋と雑貨商を兼ねていて(彼自身が家内工業の若親方や経営者一族)、色々と具合が良かった。
一般に針仕事というと女性向けの仕事のイメージがあるけれど、まとまった顧客がいる場合には「規模の経済」というのはばかにならない。材料を(個々の家や個人消費より)まとめて大量に買うことで良質な素材を安く仕入れられるし、副産物の端切れなんかでクッションを作るようなことだってできる。何より、個々の家庭では保有できないミシン装置を使うことで、手早く上質な製品を大量に作れるのだ。
一般向けに店に並べたり出荷する他、オーダーメイド希望や固定客もいるわけで、そういう意味で人脈がある(小領主や参事会や各種の店舗・親方などとも付き合いはある)。だから情報が集まるし、どこに魔法石を必要としている人がいるかもわかる。そして人脈の多い雑貨商でもあるから「どこからともなく仕入れてきた放出品・消費期限近い魔法石」をこっそりと取り扱っても不自然さがない。
ハンスや「販売代理店」をやってくれることで、私はより効率的で安全にもなる。きっと見つかれば誘拐されたり殺されるがオチだろうし、レジスタンスを頼るにも盗賊まがいの連中が少なくないのだし、軍や警察ですら誰が信用できるか確信もなく面識も知識も足りないから。
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だから、私の「行商人ごっこ」はあくまでデモストレーションや囮でもある。定期的ではあるけれども、日時も場所もできるだけ不規則にするし、売れなくても構わない。
本当の目的は「放出品の魔法石が出回っているらしい」という宣伝。それだけで、侵入してくる魔族犯罪者たちには威嚇になるだろうし、本当に欲している人は自分でハンスにつながるツテを見つけることだろう。
だから私が直接売るのはわざと形の悪い魔法石を選んで「放出品らしいけど」などと言いながら売りつける。誰の手に渡るかもわからないから、あまり威力が高すぎるようなものも避ける。いざというときに言いぬけするのに、あまりたくさんは持ち運ばない。
本命はハンスに渡して、秘密裏に確実に手渡して貰う。お客さんの領収書を見せて(販売するリスクを負ったファス雑貨商店の手数料を差し引いた)報酬のお金を渡してくれることになっていたが、金額には必ずしもこだわらない。だって私たちの目的は、魔族たちへの復讐とこれ以上の横暴を許さないことなのだから。
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お昼時に、大きなパン籠をぶら下げて、ファス商店の裏の仕立て作業場にパンを運んでいく(作業している徒弟さんや家族の分も)。だって私の表向きの仕事はパン屋の看板娘なのだから(親族のパン焼き職人の親方のところで、生地を捏ねる手伝いや配達デリバリーをしている)。
受け渡しや、ちょっとした打ち合わせのやりとりをする機会はいくらでもある。
問題は、あんまり親密にしすぎるのはまずいことくらいだろうか。ハンスは妻子を失ってすぐということもあるし(私だって気が引けてしまう)、私たちの「免罪符」であるあの事件や魔法石ビジネスのことは下手に公にはできないから。
前に進んでいる充実感はあるし、犠牲を払ったから、前に進むしかない。あの哀れな新妻さんと可愛いあの子を奪った魔族やその悪仲間たちを、私たちは絶対に許さない。