幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
 姿が見えなくなっても周囲には不穏な空気が残っている。

 肉屋のおばちゃんが心配そうにこちらをうかがっていた。

「すみません! お騒がせして……」

 私はすぐに店先に駆け寄り、肉屋のおばちゃんにお詫びした。

「ううん、こっちは全然大丈夫だけど。あの女の子、愛未ちゃんが不誠実だとかずいぶん嫌なことを言ってたね」
「あ、その……すみません」

 頭を下げた私の顔を、肉屋のおばちゃんが覗き込んだ。

「トラブルでもあったの? 愛未ちゃん、大丈夫?」
「は、はい……」
「ほら、コロッケあげるから元気だして! なにかあったら話してよ?」

 肉屋のおばちゃんも織部店長同様、幼い頃から顔なじみでいつも気さくに話してくれる優しい人だ。

「愛未ちゃんが好きな牛肉コロッケ、今日はふたつあげるね」

 ニッコリ顔の肉屋のおばちゃんは紙袋に牛肉コロッケをふたつ入れ、「はい!」と威勢よく私に差し出した。

「ありがとうございます……」

 私は温かい紙袋を受け取り、ペコリと一礼する。

 綾乃の言動に不安で動悸が苦しくなっていたので、思いやりが身に染みる。

 申し訳なさとホッとしたのとで、なんだか涙が出そうだった。

 oliveに戻り、私は仕事の続きに取り掛かる。

 集中しようとしても、さっきの綾乃の言葉が耳から離れてくれない。

『ま、冷酷な人と結婚なんて全然幸せになれそうもないから私はごめんだけど、誠意を見せたら? oliveと駅前商店街の客足が減るような内容が拡散されたくなかったらね』

 私が叔父さんの顔を立てるために秀一郎さんと結婚しないと、oliveや駅前商店街のイメージが悪くなることをSNSで拡散するという意味だろうか。

 綾乃の行為は脅しであり、彼女ひとりの書き込みで評判が落ちる商店街ではない。

 昔から近くに住む人々に愛されていて、すぐに廃れるような歴史ではない。

 胸を張ってそう言えるけれど、あることないこと言いふらされれば、ひょっとして自分のせいでoliveがなくなるかもしれない……。
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