幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
 その日帰宅すると、先方から結婚を前提にまた会ってほしいと連絡がきたと、叔父から電話があった。

 綾乃に会った直後だったため、応じたいと叔父に話すと、叔父は声を弾ませて了承した。

 その連絡から一週間後。

 四月に入り、お見合いのときは満開だった桜は散ってしまった。

 あのときと同じ高級ホテル一の階のカフェで、私は先に来て窓際のテーブル席に就いていた秀一郎さんにおそるおそる声をかける。

「こ、こんにちは」

 険しい表情で中庭を眺めていた秀一郎さんは、私を見て「ああ」と一言、煙たそうに答えた。

 しょっぱなからこんなに不機嫌そうでは、心が挫けそうになる。

 私は気持ちを落ち着かせるために小さく深呼吸をして、彼の向かいの椅子に腰を下ろした。

 すぐに店員さんがやって来て、ふたり分のコーヒーを注文する。

「あの、この縁談をすすめてくださるとのことで」

 私が切り出すと、秀一郎さんはまっすぐに私を見つめた。

「先日話したとおりだ。俺は誰とでもいいから愛のない結婚をするつもりだ」

 迷いのない強い眼差しから、目をそらせない。

「誰でもいいのに、なぜ私と……?」
「母が言っていただろう。父は友人の娘であるきみを気に入ってる」
「そ、そうですか」

 愛のない結婚という言葉がどうしても引っかかる。

 結婚したら同居して、生活をともにし、互いの家族との交流も生まれる。

 秀一郎さんは医師として忙しいだろうし、私もoliveで働き続けたい。きっと共有する時間はあまり長くはないはずだ。

 ご家族はいい方ばかりなのはわかっているし、向こうが望んでくれているのは喜ばしいと思える。

 それに愛のない結婚ならば、寝室を同じくするなんて状況も考えられないだろう。

 この結婚はむしろ、oliveと駅前商店街を失いたくない私にとって、申し分ない条件かもしれない。

 ……冷酷で怖い秀一郎さんに慣れさえすれば。
< 14 / 83 >

この作品をシェア

pagetop