幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
 oliveでの温かい思い出がつぶさに蘇る。

 春はパステルカラーのスイートピーを、冬は雪に映える真っ赤なポインセチアを。

 購入して家に飾るのが楽しみで、母と笑顔で帰ったっけ。

 何度も季節は変わるけれど、記憶の中の母や、織部店長の笑顔はずっとずっと変わらない。

 幸せだった頃の光景を思い出すと、今にも涙が込み上げてきそうだった。

 母との思い出がたくさん詰まった大切なoliveも、受け入れてくれた駅前商店街にも迷惑をかけたくない。

 愛するものを、もう失くしなくなかった。

「すみませんでした、職場からでして」

 カフェに戻ると、私は秀一郎さんに離席の謝罪をする。

「花屋で働いていると話していたな」

 私が椅子に座ったとき、秀一郎さんがつぶやいた。

 ずっとつまらなそうにしていたので、お見合いでの私の話をちゃんと聞いていたとは、意外だった。

「はい。母が懇意にしていた店で働かせてもらっています」
「きみは、幼い頃から花が好きだったな」

 起伏のない口調で言い、秀一郎さんは中庭に目を向ける。

 私も目線をたどると、視界に入るのは桜の代わりに見頃を迎えそうな藤棚だった。

 それを眺める秀一郎さんの横顔があまりにも美しくて、心臓を掴まれたようにドキッとした。

 幼い頃のこと、覚えていてくれてたんだ……。

「愛のない結婚のお話ですが」

 緊張で声がかすれる。

 私は背筋を伸ばすと、喉にグッと力を込めた。

「私でよければ、よろしくお願いします」

 秀一郎さんに深々と頭を下げる。

 大切なものを守るために覚悟を決めた私の両手には、手のひらに爪が食い込むくらい自ずと力がこもった。

 数秒後に顔を上げると、秀一郎さんは顔色ひとつ変えずにただうなずいた。

 私たちが入籍したのは、それからわずか一ヶ月後だった。
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