幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
「夕飯を作りますから、よかったら一緒に食べませんか?」

 料理の腕に自信があるわけじゃないけれど、ひとり暮らしが長いので和洋中ひと通り作れるようになった。

「もしリクエストとかあれば……」
「必要ない」

 ピシャリと言い放たれ、私は目を丸くする。

「時間があるときに適当に食べるから関わらないでくれ」

 低くて冷たい声色が、静かな部屋に反響する。

 か、関わるな……?

「そ、それは無理です。結婚したんですし、ひとつ屋根の下に暮らしていたら多少は関わるかと」

 私の反論に秀一郎さんは一瞬だけ怪訝そうに目を細め、無言で振り返る。

 その背中から、ため息が聞こえたような気がした。

 リビングから出て、階段を上がる秀一郎さんの足音が小さくなり、私はグッタリと肩の力を抜く。

「結婚しても容赦ないな」

 名ばかりの夫婦だけれども、一緒に住むからには時間を共有して、少しずつでも心を開いてくれるようになったらいいな……。

 そんな私の想いは同居を始めてみてすぐに、物理的に無理なのだと悟った。

 秀一郎さんは朝出勤し、外来の診察と手術をこなし、帰宅時間は遅く日付が変わる頃という日も多い。

 休日は学会や論文の準備があるらしくほとんど書斎に篭っていて、稀にリビングのソファに座っていても常にタブレットを睨んでいる。

 たぶん持ち帰りの仕事をしているのだと思う。

 私はというと早朝から仕入れに行く織部店長の手伝いで、開店時間の九時よりだいぶ早めに出勤していた。

 ただ、これまでは閉店時間の六時まで勤務だったのが、織部店長の計らいで五時に上がらせてもらっている。

 私の結婚報告に、織部店長の驚きといったら尋常ではなかった。

 持っていた高価な胡蝶蘭を足に落としそうになるくらい、激しく驚愕していた。

 これまで彼氏の存在なんて皆無だった私が、突然結婚しますと申告するのだから、そんな反応をするのも無理もない。

 ひとしきり驚いた後は盛大に祝ってくれて、何度もおめでとうと言って自分のことのように喜んでくれた。

 愛のない結婚だという事実が、なんだか織部店長を裏切っているようで心苦しい。

 けれど、綾乃の嫌がらせと思われる行為はあれ以来パタリとなくなり、胸をなで下ろした。
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