幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
「性格だって、実際会ってみたら噂で聞いていたほど冷酷ってわけじゃなさそうじゃない。元々この縁談は私にきていたものだし、愛未は嫌々結婚したんでしょ? 私は恋しちゃったんだから譲ってよ」
文字通り私は絶句した。
こ、恋? それに譲ってって……。
「さっきからなにを言ってるの? そんなの今更無理だし、秀一郎さんにも失礼だよ」
なんとか声を振り絞り、私は綾乃に毅然と言う。
けれども、真剣な私とは対照的に、綾乃はニヤリと口角をつり上げてた。
「ふうん、今更無理じゃなければ別にオッケーってことね」
意味ありげにそう言うと、綾乃は軽やかに体の向きを変え、ヒラヒラと私に手を振る。
「それじゃ、またね。秀一郎さんによろしく」
片目を細めて去っていく綾乃を見つめ、私は穏やかではいられなかった。
結婚しろと脅して嫌がらせまでしてきたのに、今度は離婚しろって……?
自分勝手にもほどがある。
理解不能な綾乃の立ち居振る舞いに、頭が追いつかなくて目眩がしてきたときだった。
「桐谷くんの奥様ですか?」
目の前に現れた男性にそう聞かれ、私はハッとする。
「は、はい」
反射的に返事をすると、男性は穏やかに微笑んだ。
気持ちを落ち着かせてよく見ると、さっき綾乃と話していたときに、秀一郎さんに片手を挙げて挨拶をした男性だった。
濃紺の細身のスーツと、シルバーフレームの眼鏡がとてもよく似合っていて、キチッとセットした横分けの黒髪には清潔感がある。
「はじめまして、松島(まつしま)です。桐谷くんとは大学時代研究室が一緒でした」
「そうですか。はじめまして、愛未と申します」
丁寧にお辞儀をすると、松島さんはニコリとして私を見た。