幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
「あの、秀一郎さんがお好きな食べ物はなんですか?」

 無事に高齢男性たちを乗せた救急車が病院へ向かい、スーパーは平穏を取り戻す。

 買い物を再開した私が尋ねると、カートを押す秀一郎さんは無表情で静止した。

「買い物に車を出してもらったお礼に、今夜は手料理をご馳走したいんですけど……」

 モニョモニョと声をこもらせながら話す私に、秀一郎さんはフッと頬を綻ばせた。

「こっちが礼をしたつもりなのに、きみにもされたら意味ないだろ」

 わ、笑った……。

 中学以来、再会してから笑顔を見るのは初めてだった。

 私の本末転倒なお願いを笑ってくれたのが信じられない。

「じゃ、じゃあ、好きな料理はなんですか? 直感で今、食べたいものでもいいんですけど……」

 聞き方を工夫してみた私に、秀一郎さんはため息を吐き、眉尻を下げた。

「好き嫌いはあまりないけど、ジャンルでいえば和食が好きだ。特に魚かな。煮付けなんて、実家を出てからほとんど食べてない」
「お魚の煮付けですか!」

 優しいヒントをもらって、私は軽やかな足取りで鮮魚売り場に向かった。

 無事にカレイをゲットして、あとは野菜などを購入し、秀一郎さんの車のトランクに大量の買い物袋を詰め込む。

「遠慮なく買ってしまってすみません。ストックが切れていた重いものを買いたいと思っていたので助かりました。ありがとうございます」

 助手席で頭を下げると、運転席でシートベルトを締めた秀一郎さんが首を振る。

「消耗品とか、俺も使うものなのに今まで任せきりで申し訳なかった。これからはなるべく買い物に付き合うよ」

 秀一郎さんの謝罪と提案に、私は肩をすくめる。

「そんな……。あの、ありがとうございます」

 お見合いで無視された経験を思い出すと、少しは距離が縮まったように思う。

 また一緒に買い物に来られたらうれしいな……。

 車が発進し、短い帰路を走る間、私は緩みそうになる頬の筋肉に何度も力を入れた。
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