幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
「まだ二ヶ月くらいですけど、毎日遅くまで働いて、家にいるときもタブレットを肌身離さず持っているのを近くで見てます。だから……」

 秀一郎さんの熱っぽい目を見つめ、私は続ける。

「辛い思いをしているときは頼ってください。たとえ愛はなくても、妻として支えになりたいです」

 私があまりにも強く訴えたから勢いに押されたのか、秀一郎さんはデスクに頬杖を付いた。

 わずかな沈黙が永遠かと感じられたとき、ようやく秀一郎さんが口を開いた。

「以前アメリカの病院で働いていたとき、手術を担当した患者を助けられなかったんだ。そのとき、子どもを亡くした患者の親から言われた。『もっと上手な先生に担当してもらいたかった』と」

 遠くを見つめるような表情で、秀一郎さんは長い息を吐いた。

 私は同窓会で松島さんから聞いた話を思い出す。

『アメリカで辛い思いもしたようです。だから彼は、患者を救うために努力を惜しまない』

 秀一郎さんはそのときの悔しい気持ちを忘れず、感情に左右されないよう冷酷になり、ただ患者を救うことだけを考えているんだ。

 そう至った思慮を推し量ると、心臓がギュッと苦しくなって押し潰されそうだった。

「それに脳の病気は時間との戦いだ。朝でも夜でも気が抜けない。一刻を争うからこそ、救急現場から電話がかかってきたりもする。症状が治まっても油断はできない。対応が遅ければ後遺症が残るおそれがあるんだ」

 秀一郎さんは正面の壁を見据えたまま、淡々と語った。

 本当は今すぐにでも横になりたいはずなのに、心配する私に対して真摯に説明してくれているのが伝わってくる。

「思い上がりかもしれないが、俺はすべての患者を助けたい」

 思い上がりだなんて……。

 力強い言葉に感銘を受けて胸を掴まれた私は、秀一郎さんにはそんな謙遜は似合わないと思った。

「話してくださって、ありがとうございます。秀一郎さんがいかに誠実に患者さんに向き合ってきたのか、すごくよくわかりました」

 震える私の声をたどるように、秀一郎さんがこちらを見る。
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