幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
 肩が触れ合うほどの近さで、緊張して無駄に姿勢がよくなった。

「oliveは母が昔から懇意にしていた花屋なんです。両親が亡くなってからも花を贈っていただいたりして交流があって。それで、私が高校を卒業して仕事を探してたとき、織部店長のお母様がうちで働かないかって声をかけてくれて」

 黙っている秀一郎さんをチラリと横目で見る。

 もしも私が織部店長のことを家族のようだと形容した件を気にしているのなら、理由を説明したかった。

 秀一郎さんは私が思っているほど気にも留めていないかもしれないけれど……。

「織部店長は昔からoliveを手伝ってましたし、私が働き始めてからは仕事を教えてくれました。私は織部店長のお母様や織部店長を家族のように慕ってました。母との思い出も共有できたし、寄る辺のない私を救ってくれたから……」

 両親がいなくなって、友人も、信頼できる人も皆無な状態で、あの頃の唯一の心の拠り所はoliveだった。

 oliveに行けば、大好きな母の面影が蘇った。

 そうすれば父も、近くにいてくれるような気がした。

「だから、特別な存在なんです」

 目の奥が熱くなり、声が揺れる。

 泣かないようにギュッと体に強く力を入れたとき、大きな手のひらで優しく頭をなでられた。

「そうか」

 秀一郎さんが発したのはたったひと言なのに、すべてを受け入れてもらえたようなおおらかな安心感に包まれる。

 ギリギリで我慢していた涙腺が崩壊して、頬を伝う涙を私はぞんざいに拭った。

 泣いてしまったのが恥ずかしいし、秀一郎さんが頭をなでてくれたのがうれしい。

 そんな複雑で初めての感覚を、どう処理していいかわからなくなる。

「……私、織部店長にプリザーブドフラワー作りましたけど、秀一郎さんにもお花を渡そうとしたことがあるんですよ!」

 照れ隠しで早口で言うと、私の頭をなでていた秀一郎さんの手の動きがピタリと止まった。

「中学生の頃に引っ越す際に、親しい友だちに感謝とお別れの手紙を書いていたんです。カーネーションと一緒に」

 叔父の家に引き取られることになり、秀一郎さんと同じ中学校から転校したときだった。

 クラスの友だちに手紙を書き、心ばかりの気持ちとしてカーネーションを一輪添えた。
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