幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
「そのとき、秀一郎さんにも書いたんですけど、渡せなくて……」

 声がフェードアウトする。

 かつて住んでいた実家に叔父が車で迎えに来たとき、親しくしていた友だちは見送りに来てくれたけれど、その中に秀一郎さんの姿はなかった。

 子ども心にすごく寂しくて、最後に会えなかったのを残念に思ったっけ……。

 秀一郎さんは私の頭に置いていた手を離し、静かに口を開いた。

「あのときは、きみに会うのが辛かった」
「え?」

 私は弾かれたように秀一郎さんを見上げた。

「両親を亡くして転校してしまうきみの力になるには、どうしたらいいかわからなかったんだ」

 ふう、とため息を吐き、秀一郎さんはうつむいたままで続ける。

「あの頃は、きみのためになにもできない自分の無力さに苛立って、見送りに行けなかった」

 信じられなくて、私は放心状態で目をしばたたかせた。

 秀一郎さんがそんなふうに思っていてくれたなんて……。

 知られざる当時の胸の内を打ち明けられ、驚きとうれしさで言葉を失う。

 すると不意に目が合い、私は恥ずかしくてとっさに逸らした。

「で、でもあのとき、お母様が来てくださってうれしかったです! さすがに秀一郎さんに手紙を渡してほしいとは、頼めなかったんですけど……」

 苦笑する私の顔を、秀一郎さんが覗き込む。

「なぜ?」
「……っえ!?」
「母には頼めなかったって」
「え、ええと、それは……」

 私はゴニョゴニョと言葉を濁らせ、咳払いをして肩を縮こませる。

「ラ、ラブレター、だったからです……」

 顔中が痛いくらいに熱い。

 頬がジンジンしすぎて本当に痛くなってきたし、恥ずかしさで体が固まるのは初めての経験だ。

 だけど、当時の心境を話してくれた秀一郎さんにどうしても伝えたい。

「先日お話ししたように、中学生の頃体育祭で手当てしてもらってから、ずっと秀一郎さんに片想いしていました」

 秀一郎さんは私を凝視したまま静止している。

 突然告白して、困らせたかな……。

 無反応なのが怖くて押し黙っていると、秀一郎さんはフッと眉を下げた。
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