幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
 桐谷家のひとり息子がお見合い相手を探しているという噂は、学会などで顔を合わせる医者の間で広まった。

 するとすぐさま愛未の叔父が聞きつけ、ぜひお見合いしたいと名乗り出たらしい。

 短期間付き合う女性はこれまでに数人いたが、大抵は仕事中心の俺の生活に嫌気がさしてみな離れていった。

 結婚しても、仕事が最優先なのでそうなるのは目に見えている。

 だから別に相手は誰だっていいと思っていた矢先、お見合い相手は娘の綾乃ではなく養女の愛未と知らされた。

 愛未の名を聞き、一気に心が中学時代にタイムスリップした。

 淡い初恋と、いつかまた再会したいと願っていた、過去に仕舞った大切な感情が胸に蘇る。

 そしてお見合い当日、美しく大人の魅力に満ちた女性に成長した愛未の姿に心が揺れた。

 けれども初恋の彼女に対面する俺は、あの頃の自分ではない。

 仕事を最優先にするあまり、己の感情などとうに手放してしまったし、見失っていたのだ。

 擦れた感じのしない愛未とそんな俺はつり合わない。

 一度は牽制してみたものの、両親の強い希望もありお見合いの継続を申し出たところ、彼女から前向きな返答を得た。

 ふたりで会うと愛未は終始思いつめた表情をしており、病院の跡取りとしての立場のためだけに愛のない結婚を決意した俺を受け入れた。

 俺は初恋の女性を妻として迎える運びとなったのだ。

 同居生活の始まりは、同時にすれ違う時間の始まりでもあった。

 お互いの勤務時間の関係もあり、家でもあまり顔を合わせない日々が続いた。

 そんななか激務で体調を崩した俺は、自分を心配して気遣ってくれる愛未の強さと優しさに触れ、ほだされてゆく。

『とっ、とにかくこれからは、たとえ愛はなくても、辛いときは頼ってほしいです。なんでもいいので話してほしいです!』

 あんな台詞を他人から言われたのは初めてだったし、誰かを頼るなんて思考は、常に自分の手に患者の命がかかっている俺にとっては目から鱗だった。

 けれども彼女の勢いに負け、医師としての悔恨を打ち明けた後、これまでになくスッと心が軽くなったと感じ驚いた。
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