幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
「そうか? なんだか顔色も悪い気が」

 たたきに立つ秀一郎さんに顔を覗き込まれたので、すぐに後退しサッと背ける。

「……愛未?」

 おおげさな避け方に、秀一郎さんが困惑した声でつぶやいた。

「すみません、もし風邪を引いてたら、感染したら悪いですから。あまり近づかないほうがいいかなって」

 取り繕いの言い訳を並べると、秀一郎さんは釈然としない表情を作る。

「……そうか?」
「はい。お気をつけて、いってらっしゃい」

 私は不審に思われないよう、笑顔で玄関のドアから出て行く秀一郎さんを見送った。



 多忙ですれ違い生活のうえ、学会や出張も立て込んでいた。

 秀一郎さんは相当疲れが溜まっているだろうから、家にいるときくらいリラックスしてほしい。

 それに余計な心配をかけたくないので、私は綾乃の件は秀一郎さんに話さずにいた。

 そんななか、二週間以上家で夕飯を食べない日々が続き、私は秀一郎さんの体が心配になってきた。

 暦の上では処暑を過ぎたといえど、未だに暑さは容赦ない。

 oliveは定休日で、私は朝から家にいて庭の手入れをしていた。

 今日は秀一郎さんが泊りがけで行っている学会から帰ってくる予定だったが、急な仕事で帰りが遅くなると朝連絡があった。

 綾乃に脅されてから、こういうことがあると避けられているのでは、という被害妄想に取り憑かれている。

 大切な人がそばにいて満たされる生活からずいぶん遠ざかっていたので、いつか急にこの幸せが崩れるのではないかと不安でならない。

 どんどん思考がネガティブへ流されてしまいそうになり、私はキッチンに立った。

 気分転換もかねて、料理をしよう。

 一緒に食事をしたとき、お母様も秀一郎さんの体調を心配していたし、今の私にできることをしなくては。

 そう決意して、秀一郎さんの好きなおかずを作り、お弁当箱に詰めた。

 焼き鮭や鶏の照り焼き、ブロッコリーにだし巻き卵。

 それに多めの保冷剤を入れた、お母様からいただいたアイスクリームを持って、桐谷総合病院に向かう。
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