幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
 時刻はちょうどお昼どき。

 最寄り駅から乗り継ぎなしで、三十分ほどで到着した。

「アイスクリーム、溶けてないかな」

 保冷バッグを目の高さで掲げ、私はひとりごちると一般診療の患者が使う入り口を通り抜ける。

 そして脳神経外科の病棟に向かう途中、外来患者の受付時間が終了して人影がまばらになった院内で、私は奇跡的に秀一郎さんを見かけた。

「秀一郎さ……」

 中庭に続くひと気のない渡り廊下の片隅で、ベンチに座っている秀一郎さんに声をかけようとした私は、とっさに言葉を飲み込んだ。

 距離が近づくにつれ、白衣姿の秀一郎さんの隣に、見慣れない若い女性がいると気づいたからだ。

 ふたりは体を寄せ合い、顔を近づけなにやら神妙な表情で会話している。

 誰だろう……患者さん?

 いや、上下黒のセットアップなので、もしかしたら患者の娘さんが仕事を抜けて来たのかもしれない。

 内容までは聞こえないので、話の邪魔にならないよう終わるまで離れて待とうと思った矢先、秀一郎さんは優しい笑顔で彼女の背中に手を伸ばした。

 その光景に、身がすくんだ。

 秀一郎さんの私に対する態度は、結婚してからこの四ヶ月で和やかなものに変化した。

 けれども食事会のときのご両親によると、依然周囲には冷酷なままであったはず。

 しかし今、目の前では、若い女性と密着し穏やかに頬を緩め、とても親しげに話している。

 もうこれ以上見ていられなくて、私はこっそりその場を離れ、もと来た道を引き返した。

 足早に桐谷総合病院を出ると、一度腰が抜けた状態になり、地面に座り込んだ。

 額にはじんわり汗が滲むのに、体の芯は冷たく震え、気持ち悪くてめまいがする。

 ひょっとしたら秀一郎さんは、綾乃が撮った写真を見たのかもしれない……。

 それで私から心が離れてしまったのかも……。

 そう予想するのはとても辛いけれど、そもそも秀一郎さんは桐谷総合病院を守るために私と結婚したのだ。

 私と一緒では守れないと見限られ、切り捨てられるのも無理もない。
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