幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
『秀一郎、桐谷総合病院の名に泥を塗ったり、信用を失うようなことは絶対にするな』

 食事会のとき、お父様だってそうおっしゃっていた。

 私なんて、ただ幼なじみで気心か知れているから心を開いてくれただけ。

 もともとこれは、代替わりに備えて身を固めるための結婚だったのだ。

 桐谷総合病院の名を汚すことになるのなら、相手は私ではない方がいいに決まっている。

 そして次の候補を、秀一郎さんはすでに見つけているのではないだろうか。

『これからは真っ直ぐに愛するから、覚悟して』

 再会して一時的に距離が縮まり愛だと錯覚したけれど、きっと冷めてしまったのだろう。

『愛のない結婚だと言ったのも、取り消したいんだが……だめか?』

 それでもこの四ヶ月、ともに過ごせてすごく幸せだったから。

 人生のなかで一番と言えるほど濃厚で満たされた日々を、大切な思い出として胸に仕舞っておきたい。

『思い上がりかもしれないが、俺はすべての患者を助けたい』

 それに秀一郎さんには、これからもその志を失わず、素晴らしいお医者様でいてほしい。

 私がその未来を断つかもしれない以上、一緒にはいられない。

 すべてを秀一郎さんに打ち明けて、彼の口から今後は私とは婚姻関係を続けられないと切り捨てられるのは耐えられない……。

 桐谷総合病院の近くの駅から電車に乗った私は、家の最寄り駅のひとつ前で降り、区役所に離婚届を取りに向かった。

 衝動的なようで、そうとも言い切れない。

 本当は綾乃が現れてからずっと、こうなるんじゃないかと心の奥の方で想像できていた。

 私の幸せは長くは続かないのではないかなって……。

 離婚届を貰い、暑さのなかとぼとぼと歩いて帰宅した。

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