幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
翌朝、私は午前休をもらい、出勤する秀一郎さんを玄関で見送った。
昨夜の私たちの間には、明らかに見過ごせないわだかまりがあった。
それを夫婦は話し合って解決するのだろうけれど、私たちにはできなかった。
お互い大切なものを守るために。秀一郎さんは病院を、私は秀一郎さんを。
「たっぷりお水をあげていこう」
私は最後に庭の花たちにシャワーをかけてやった。
引っ越してきてすぐ種を植えたサルビアは綺麗に咲き、ちょっとずつだけど小さな庭園は形になってきていた。
鮮やかな花びらは、瞳が潤んでいるせいで滲んで見える。
代わりに鮮明になるのは、ここに引っ越してきてからの日々のこと。
まるで走馬灯のように浮かんでくる。
私の人生で濃厚で特別な四ヶ月だったのは間違いない。
最初は遠慮していたけれど、ときにはぶつかり合い、愛されていると実感できた。
これから先、こんな幸せな経験は二度とできないだろうな……。
四ヶ月間過ごした感謝の気持ちを込めて、丁寧に水撒きをする。
それから名残惜しくも花たちに別れを告げ、署名した離婚届をダイニングテーブルの上に置き、私は家を出た。
必要最低限の荷物だけを持ち、普段の出勤と変わらない装いで最寄り駅に向かう。
まずは職場に向かい織部店長にどう説明しようか、私は頭を悩ませた。
気持ちを新たにするため、ここから離れてどこか遠くに行きたい反面、急な退職で織部店長を困らせたくない。
ラッシュアワーを過ぎた駅に着き、答えが出ないままプラットフォームに向かおうとしたときだった。
「愛未!」
前方から向かって来る相手に気づき、私は硬直した。