幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。


 翌朝、私は午前休をもらい、出勤する秀一郎さんを玄関で見送った。

 昨夜の私たちの間には、明らかに見過ごせないわだかまりがあった。

 それを夫婦は話し合って解決するのだろうけれど、私たちにはできなかった。

 お互い大切なものを守るために。秀一郎さんは病院を、私は秀一郎さんを。

「たっぷりお水をあげていこう」

 私は最後に庭の花たちにシャワーをかけてやった。

 引っ越してきてすぐ種を植えたサルビアは綺麗に咲き、ちょっとずつだけど小さな庭園は形になってきていた。

 鮮やかな花びらは、瞳が潤んでいるせいで滲んで見える。

 代わりに鮮明になるのは、ここに引っ越してきてからの日々のこと。

 まるで走馬灯のように浮かんでくる。

 私の人生で濃厚で特別な四ヶ月だったのは間違いない。

 最初は遠慮していたけれど、ときにはぶつかり合い、愛されていると実感できた。

 これから先、こんな幸せな経験は二度とできないだろうな……。

 四ヶ月間過ごした感謝の気持ちを込めて、丁寧に水撒きをする。

 それから名残惜しくも花たちに別れを告げ、署名した離婚届をダイニングテーブルの上に置き、私は家を出た。

 必要最低限の荷物だけを持ち、普段の出勤と変わらない装いで最寄り駅に向かう。

 まずは職場に向かい織部店長にどう説明しようか、私は頭を悩ませた。

 気持ちを新たにするため、ここから離れてどこか遠くに行きたい反面、急な退職で織部店長を困らせたくない。

 ラッシュアワーを過ぎた駅に着き、答えが出ないままプラットフォームに向かおうとしたときだった。

「愛未!」

 前方から向かって来る相手に気づき、私は硬直した。
< 72 / 83 >

この作品をシェア

pagetop