幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
「んむっ」

 苦しくて思わず声がもれるほどきつい抱擁に、ようやく安堵を感じて涙が溢れる。

 こうして再び秀一郎さんの胸に収まることができるだなんて思わず、諦めたのを後悔した。

 こんなにも強くて温かくて、大好きなぬくもりを手放そうとしたのは間違いだった。

 もう一生離れたくないと心から願う。

 けれども壁際とはいえ駅の構内で、包み込まれて顔を埋めているのは恥ずかしくなってくる。

「しゅ、秀一郎さん、あの、そろそろ……」

 さり気なく離してほしいと要求すると、逆に私を抱きしめる腕の力がさらに強くなった。

「少しは我慢してくれ。離婚届を見て、頭がおかしくなりそうだったんだ」

 こんな堪えるような声を聞くのは初めてだ。

「きみがいなくなる想像をして、どれほど辛かったか……」

 秀一郎さんの余裕のない態度が、こんなときに不謹慎だけれどもうれしいと感じてしまう。

「ご、ごめんなさい……」

 少し体を離して顔を覗き込と、秀一郎さんは心ばかり頰を緩ませ、指先で私の前髪をサラリとなでた。

「謝るのは俺の方だ。ひとりで不安にさせて悪かった」
「いえ、そんな」

 私は小さくかぶりを振る。

 体が解放されたところで、気になった点を質問した。

「先ほど話していたMRの女性って、昨日院内でお話していた方ですか?」

 お弁当を届けようとした際に見た親密そうに話していた女性は、黒のセットアップ姿だった。

 彼女は患者のお見舞いに来ていたのではなく、製薬会社のMRだったのだ。

 秀一郎さんはひとたび目を丸くしてからうなずく。

「ああ。話を聞くうちに泣いてしまってね。思い詰めて、退職してご主人と田舎に帰ろうかと思っていると言っていた。日比谷綾乃から子どもへの接触もちらつかせていたらしい」
「そうなんですか……酷すぎる。なにをされるか怖かったでしょうね」
「すごく憔悴していて、見ている方が辛かったよ」

 取引のある大学病院の教授の娘に脅され、お金まで要求されて、彼女の心中を察するにはあまりがある。

 秀一郎さんが気づいて動いてくれて本当によかったと、私は胸をなで下ろした。
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