幼なじみの脳外科医とお見合いしたら、溺愛が待っていました。
 黄昏時の温かくも少し寂しい空気のなか、母と手を繋いで歩くぬくもり。

 夕飯の材料とかわいらしいブーケを持って帰宅する安心感。

 今思い出しただけでキュッと胸が締めつけられる。

 両親が亡くなってからは、織部店長のお母様は命日に必ず母が好きだった紫蘭を手向けに墓参りしてくれていた。

 そして高校卒業後、早く叔父の家を出たくて就職先を探していた私に、「ここで働かない?」と声をかけてくれたので、心から感謝している。

 約十年働かせてもらい、もともと母の影響で好きだった花が、ますます大好きになった。

 従業員はふたりだから仕事が多くて大変だけれど、みんなから愛されるこの大切な店をずっとずっと守っていきたいな……。

 そう願い、切り花を挿しているバケツの水を交換しようと腰をかがめたとき、目の前が人影で覆われた。

「いらっしゃいませ」

 お客様かと思い顔を上げた私は、頬を引きつらせて静止する。

「ちょっとあんた、桐谷家とのお見合いに乗り気じゃないんですって?」

 綾乃は心底怪訝そうに言うと、私を睨んで大げさにため息を吐く。

「せっかくパパが用意した縁談なのに、何様のつもり? 断りでもしたらパパの顔に泥を塗ることになるって、気づかないの?」

 心底憎々しげに顔を歪ませ、綾乃は店先であるにも関わらず大声で続けた。

「はあ、ここまで恩知らずだとは思ってもみなかったわ。裏切るなんて信じられない」

 ちょうど店先の仏花を見ようと足を止めたご婦人が、綾乃の言葉に眉を潜める。

 綾乃はその方にニコリと笑いかけた。

「お騒がせしてすみません。この店の店員があまりにも不誠実で」
「いえっ、あの……!」

 堪らずに呼びかけたけれど、ご婦人はそそくさとその場を去ってしまった。

 私は息を吐き、なんとか心を静める。

「店先でこういう話をするのは止めてくれない?」

 努めて落ち着いた声で言い、綾乃に向き合った。
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