彼女は渡さない~冷徹弁護士の愛の包囲網

「随分とめかしこんで川口とディナーだったようだな。君は僕の妻だぞ」

「それは……契約……」

 彼は私の顎に手をかけると、上を向かせた。キスされるのかと思ったらそうじゃなかった。ただじいっと月明かりで私の顔を見つめていた。どうしたんだろう。

「いつも僕といるときはこんな綺麗に化粧しているのを見たことがない。どういうことだ、これは?たらしにほだされるなとあれほど言っておいたのに、もうほだされたのか。浮気は許さん」

「浮気なんてしてません。川口先生が、誕生日の前祝いと今月いっぱいの秘書のお礼と言って、とっても素敵なレストランを予約してくれて連れて行ってくださったんです」

「ふーん。君は食いしん坊だからそういうのに弱いのを見透かされたな。まさか食べ物につられて諒介のほうにつきたいとか言うんじゃないだろうな」

 チロリと私を見た。私はびっくりして息をのんだ。それらしきことを川口先生に言われたばかりだったからだ。

「やっぱり……何か言われたんだな。あいつは人妻に何をしようとしてるんだ。妹もたらしこんでおいて許せん。これだからひと月も空けるのは嫌だったんだ」

「契約結婚じゃないですか……。先生の縁談は回避できたんですか?」

「……」

 先生は不機嫌になり、黙ったままガラガラと大きなふたつのスーツケースを持って入って行った。コンシェルジュは他の人と話していた。

 先生はすたすたと振り向きもせず、エレベーターホールへまっしぐらに向かった。私も急いで後についていく。私がカードキーを出して認証する。

「開けますね」

 私が部屋のドアを開けると、先生はスーツケースを広い室内に運び込んだ。私は空調を入れて明かりをつけた。
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