彼女は渡さない~冷徹弁護士の愛の包囲網
「やっと着いた……はあ……」

 急いで、エントランスの階段を駆け上がろうとしたとき、ちょうど昇ったところに立ち尽くす男性がいた。入るのをためらうようにうろうろしている。不思議に思って志穂が声をかけようとしたその時だった。勢いよくその男性は振り向いて鬼のような形相で言った。

「あんた、この事務所の人だな?」

「え、ちがいま……」

 男性は急に私の両肩をぎゅっと掴むと前後に激しくゆさ振りながら言った。

「この人でなしの仲間め!あんな奴の弁護をするなんて黒羽っていう弁護士には人間の心がないのか。妹のことを考えたら、できるはずがない。奴の有罪は最初からわかりきってる。裁判なんて時間の無駄だし、奴をすぐに地獄へ落とすべきなんだ!」

 男性は髪を振り乱し、目は血走ってる。驚いて声を出せなかった。とにかく彼が我を忘れるほど怒っていることだけはわかった。

「ちょ、ちょっと落ち着いてください。あの、私は……」

「あんただって見たところ妹と同じくらいの年だ、あいつが妹へやったことを考えたら弁護を引き受けるなんておかしいってわかるはずだ。黒羽弁護士は人でなしの仲間なのか?俺達被害者の気持ちを全く考えていない!」

 その時、目の前のドアがばたんと急に開いた。先生が出てきたときから辺りを払うようなオーラがあった。男性は先生を見て一瞬止まった。先生は一歩進むと切れ長の目をすうっと眇めた。

 先生は男性の横に立つと言った。私の肩にある手を指さして言った。

「この手は何です?このままではあっという間にあなたも加害者の仲間入りです。すぐに放しなさい」

 男性は手をパッと放すと、黒羽先生に向かって興奮気味に言った。

「黒羽弁護士だな。この悪魔め!とっととあいつの弁護を降りろ」

 そう言うと、男性は勢いよく先生の胸をひとつ突いた。その勢いで彼は先生につかみかかろうと両手を上げた。
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