彼女は渡さない~冷徹弁護士の愛の包囲網
 ところが先に一歩前へ出た先生は鮮やかな手並みでその腕をつかむと後ろにひねった。

「いてえ!何する気だ!この悪魔め!」

「正当防衛です。池田君、すぐに警察へ電話しなさい」

 先生は後ろを振り向いた。そこにはさすまたをこちらに向けている池田君と呼ばれた眼鏡をかけたへっぴり腰の男性がいた。

「はい!わかりました」

 池田さんはさすまたを置いて、ポケットから携帯電話を出した。それを見ていた腕を先生に取られている男性は声を上ずらせた。

「け、警察?僕は何もしてないぞ」

「何もしてない?目撃者が三人もいます。僕だけじゃなく、そこの彼女にも先に手を出したのはあなたです。しかも言っておきますが、そこの彼女はまだうちの人間ではありません。無関係の一般市民ですよ」

「え?」

 青くなった彼が私を見た。私はコクコクと頷いた。

「くそっ!」

 先生はがっくりして大人しくなった男性の腕を放した。そして乱れたスーツをパンパンとたたいて襟元を直した。そこには弁護士のバッジが見えた。

「もしかして、あなたは麻布事件の被害者である樋口香苗さんのお兄様ですか?」

「そ、そうだ!」

「私は加害者を擁護するために弁護するわけではない。すでに樋口さんのほうで示談を拒まれているのですし、被疑者の刑事裁判はそう遠くなく行われるでしょう。世間の大多数の人は加害者弁護をする私を悪の味方と断じているようですが筋違いです。加害者弁護は法律で決まっていますし、私は職務的使命で粛々とやるのみです」
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