彼女は渡さない~冷徹弁護士の愛の包囲網
 * * *

「お、見たことのない女の子がいる。噂は本当だったか。佐々木さん、紹介してくれよ」

 明るい男性の声。びっくりして入口の方を振り向くと、ドアには見たことのないひとりの背の高いスーツを着た男性がもたれるようにして立っていた。愛嬌のある微笑みを浮かべている、少しカールした柔らかい茶髪。背は黒羽先生と同じぐらいあるかもしれない。胸元には弁護士のバッジがある。

「あら、川口先生。どうもお久しぶりです。噂ってなんです?」

 佐々木さんが立ち上がった。その人は嬉しそうに答えた。

「この間うちの事務がここへおつかいに来ただろ。櫂のところで見たことのない女の子が働いていたと言ってたからさ。これは早いうち行かないといなくなっちゃうぞと思って見に来たのさ。まだ、辞めてなくてよかった」

「え……」

 私は佐々木さんと顔を見合わせ苦笑した。私は秘書四人目だったそうだ。皆、試用期間中にやめてしまっていたらしい。その理由も採用から一か月経過した最近、身をもって少しは分かってきている。とにかく先生の指導が厳しいのだ。

 佐々木さんが近づいてきて、私を紹介してくれた。

「川口先生、今度こそ辞めない人が来ましたから大丈夫です。水世ちゃん。この人が先生のライバル川口諒介先生よ」

 黒須先生が何かというと諒介が……と言っている学生時代からの弁護士仲間の先生がこの人なのか。私は頭を下げた。

「初めまして、水世佳穂といいます」

「弁護士の川口諒介です。櫂の友達だよ」

 そう言うと、名刺をくれた。今度は上から下へと値踏みするように私を見ている。何なんだろう。

 佐々木さんが川口先生の腕を軽くつねった。

「痛!」
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