先生の金魚
「ただいまー…」

相変わらずシン、とした家。

台所のほうからトントンって何かを切る、
包丁のリズミカルな音だけが聴こえてくる。

「おじいちゃん、ただいま」

「あー迴。おかえりなさい」

「なに作ってたの。メグがやるよ」

「いいよ、疲れてるだろう。着替えて来なさい」

「いいから。おばあちゃんも眠ってるみたいだし、おじいちゃんも今のうちに休んでて」

チラッと見た介護用ベッドの上で
おばあちゃんは眠っている。

眉間に皺を寄せて
苦しそうな顔。

おじいちゃんもおばあちゃんも八十歳は超えている。

老老介護。

なんて重苦しい言葉なんだろう。

おばあちゃんは脳梗塞で倒れてから
経過が悪くてほとんど寝たきりになった。

その頃から認知症も併発して
今ではメグの顔を見るたびに怯えるし
おじいちゃんにだって暴言しか浴びせない。

それでもおじいちゃんは、
しんどい身体を引きずってでもおばあちゃんに尽くしている。

愛したであろう人のこんな姿を
どれだけ感情を殺せば支え続けられるんだろう。

愛なのか
命への義務なのか
メグにはもう分からない。

そんなメグに恋を教えてくれたせんせーは
やっぱり尊くて偉大だ。

せんせーにだけ知った気持ち。
だからメグは何があっても、
何をしてでもこの恋を守り通さなきゃいけないの。

こんな人生、
せんせーの為に壊せるのなら
本望だよ。
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