君が贈ったチューリップの色
第1章

01.地球生まれ


「ギャー!怖いー!!」
「スリル満点だね。出口ってあるのかな?」
 
四方八方を黒い雲の渦に囲まれ、強風が吹き荒れる中を飛ばされていく。飛行機に乗ってる訳でもなく、安全器具を装着している訳でもない。生身の体一つ。

自分達の命の危機を迎えているこの状況で、一緒に飛ばされている相手は、普段通り呑気に呟いている。
 
「助けてー!!」
 
……虚しくも、叫び声は暴風で掻き消される。


☆ ☆ ☆

 
 ――遡ること1時間前――
 

地元ではお嬢様学校として有名な女子高等学校。
幼稚園から大学までのエスカレーター式で、広大な敷地内に全て建てられている。
その為、先輩も後輩も顔馴染みばかり。


女子特有の泥々した修羅場を幾つも経験し、今ではすっかり落ち着いた学生生活を送っていた。
 

腰まである黒髪と黒い瞳そして白い肌。
可愛いらしさには程遠く、黙っていると冷たい印象を与えてしまう顔。
先月、霧島 翠(スイ)はこの学校の1年生になった。
 
この顔のせいか、小学校から中学1年まで執拗な嫌がらせを受けた。よく不登校にならなかったと自分でも思う。
 
初めは遠巻きに何かを言われ始め、次第に私物が無くなるように。かと言って、嫌がらせをしているのは他クラスのようで、同クラスの皆んな仲が良かった事だけは救いだ。
 

高学年になるにつれ、嫌がらせだけでなく呼び出しまでされるようになった。その際は、決まって無言で睨みつけてきては、罵声を浴びせる事なく去っていく。


中学1年生になった頃。
帰宅途中、複数人に待ち伏せされ、暴力を振るわれそうになる。流石に抵抗をしない訳にはいかず、正当防衛でやり返した結果――少々やり過ぎてしまった。


幼少期より、身内から護身術を教え込まれ『我が身は自身で守れ』と言われて育っており、この時まで実用する機会が無かったので、加減が分からなかった。


しかし、そのお陰か殆どの嫌がらせ行為をされなくなったので、結果的には良かったのかもしれない。たまに変な手紙は貰っているが、翠は無視をしていた。

 
《キャーーー!!》
 

終礼が終わると、生徒達は我先にと校門へ駆けて行く。校門には高等部だけでなく、大学生らしき人達も集まっていた。
 

校舎の外で鳴り響く黄色い声援。
あまりの騒音に、当初は近所から苦情が入っていた。
だが、何年も続き近所の人も耐性が付いたのだろう。
今では大音量の黄色い声援を、時報の代わりにしているそうだ。
 

「今日も凄いよ〜!ほら、外見てみな!」
「え?一緒に行きたいって?」
「冗談でしょ。あの群れに近付くだけで恐怖だよ」
 

( …………コイツ。殴ってやろうか?)
 

幼稚園から一緒の佐藤鈴。黒目がちの瞳に、明るい茶髪と緩い天然パーマ。ぷっくりとした赤い唇に薄ピンクの頬。加護欲をくすぐる容姿はアニメのヒロインの様だ。


しかし、可憐な容姿からは想像できない男勝りの性格。根っからの体育会系。ナンパで絡んでくる輩は片っ端から完膚なきまでに叩き潰す。頼もしい翠の大切な親友。
 

「ヤバ!私、急がないと。また明日!」
「ねぇ。本当に裏門から帰るの?ソウ兄置いて?」
「勿論!チャンスは今しかない」
「………………やめた方が良いと思うよ?」
「大丈夫!!自信あるから!じゃね」


親友に挨拶すると、ダッシュで廊下を駆けていく。


「絶対に見つかるのに。叱られても知〜らない」


残された友の呟きは、当の本人には聞こえない。
 

昇降口から外を覗くと、校門には人だかりが……
中心には、背の高い男性が1人目立って見えた。


少し癖っ毛のある赤茶色の髪、垂れた目元にはホクロがあり色気を醸し出している。黒のタートルにスラックス姿というシンプルな格好、スラリと伸びた手足が際立ち、遠くから見てもスタイルが良いのが分かる。


橘 総司。25歳 この人は私の同居人。


目立つ外見している上に笑顔を絶やさないので、老若男女を問わず初対面でも話しかけられる。
とにかく社交性が半端ない。

 
この人気者と、同居することになったのは5年前――

 
翠には、父と母そして兄が1人いた。
橘家とは家族ぐるみの付き合いで、翠が幼少期の頃から総司は甲斐甲斐しく面倒を見ており。優しい総司に、翠も『ソウちゃん』と呼んで懐いていた。
 

10歳の頃。
家族旅行で乗っていた船が事故で転覆し、家族は海に投げ出された。浮かぶトランクに掴まっていた翠は助かったが、両親と兄は行方がわからなくなった。
 

翠は当時の記憶が朧げだ。
 

翠が搬送された病院に、総司はすぐさま駆けつけてくれた。病室で目を覚ますと同時に、家族が海に投げ出された光景が脳裏に浮かび錯乱状態となった。
総司が抱きしめて寄り添ってくれたお陰で、徐々に正気を取り戻す事ができた。
 

橘家は、身寄りが無くなった翠を温かく迎え入れ、実の娘のように厳しくも大切に育ててくれる。


総司の両親は、暫くすると仕事の都合で海外転勤が決まってしまい、家族会議をした結果、総司と翠の2人は日本に残った。
 

現在は2人で、家事を分担して気楽に暮らしている。


 ――――


気楽に過ごしてはいるのだが。
 

(毎日ソウちゃんの送り迎えで、人だかりが凄い!)
 

たまには一人でのんびり下校してみたい、と常日頃から思っていた。罪悪感を感じながらも実行してみたくなり、この日遂に行動に移してみたのだ。


裏門に行くと、人影は殆ど無い。
念入りに辺りを確認して『いける!』と、門を一歩踏み出した瞬間。


――ガシッ!!


「……スイ?一体どちらへ?」
「ソ、ソソソソ、ソウちゃん!?」
「ずーっと校門で待ってましたが……今日の待ち合わせは、裏門の約束でしたっけ?」


先程、校門に居るのは間違いなく確認した筈だった。
いつの間に?


(……笑顔で詰めてくるの……超怖いんですけど。)
 

遠く校門の方角では、消えた!と女子達が大騒ぎだ。
だが話題の人物は翠から目線を逸らさず、お怒りモードが痛いほど伝わってきて、泣きそうになっていた。


「では、こうしましょう。行き違わないように、明日からは教室まで迎えに行きます。先生から許可を頂いておきますから」
「イヤー!それだけは!!ご勘弁を」
「却下。少しは反省しなさい」


首根っこを掴まれた状態で説教を喰らい、逃走計画は失敗に終わった。


学校を出ると、2人は自宅まで徒歩で帰る。
夕陽を背に、並んだ影を眺めながら帰っている日常がとても平和だ……と、しみじみ感じていた。


「毎日お迎え大変でしょ?無理しなく『俺が、迎えに行きたいんです。無理は1ミクロンもしていません』


勇気を出して再度アタックしたが無惨に砕け散る。
爽やかな笑顔に有無を言わせない圧が含まれていた。

 
( ……コレ言っても無駄なヤツだわ)
 

ずっと手は繋がれたまま離してくれず、近所の公園まで来てしまった。幼子じゃあるまいし、ご近所さんが見たら流石に恥ずかしい……そう言おうとした時。


後頭部に一瞬ピリッ! と電気のような感覚が走る。
驚いて、咄嗟に頭を手で庇ったが――何もない。
 

「……?」
 

気持ちの悪い感覚に首を傾げつつ、今の出来事を話そうと、ふと隣の人物を見上げた。
そこには……今まで見た事のない険しい顔をして、辺りを見ている総司がいた。
 

「ど、どうしたの?……急に怖い顔して」


怒られる事は頻繁にあるが、それとはまるで違う表情。普段とは異なる様子に気取られ……
背後に恐ろしく禍々しい気配が出現したのに、気付くのが遅れてしまった。
 

「――え?」
「ッチ!――スイ!!」

 
瞬間――。
 

目の前に現れた、ブラックホールの様なドス黒い雲の渦に、翠と総司は引き摺り込まれるように呑み込まれていった。


渦の中は台風並みの強風が吹き荒れ、体はいとも簡単に吹き飛ばされていく。
 

総司は、渦の中がどんな環境かをまるで予測していたかのように、咄嗟に翠の腕を掴んだ。
力強く引き寄せ、逸れないよう胸の中に抱き締める。


「ウエッ…………気持ち悪……」
「え!吐かないで下さいね?!ちょっと我慢して」
 

吹き荒れる風の音が煩く、大声じゃないとお互いの声が聞こえない。2人の体は、一見ただ風に飛ばされているようで、意図的に誘導されているみたいだった。
 

( いっそのこと!失神した方が楽なのにー!!)
 

体はしっかり抱かれ、尚且つ総司がのんびりとした態度のせいか、このイレギュラーな状況にしては自分自身も随分と気持ちが落ち着いている。
 

「私達どうなるのー?」
「大丈夫。脱出しましょう」
「えー?なにー?聞こえないー!」
 

総司は辺りを見渡し何かを探しているようだ。四方八方には、真っ黒い雲が渦巻いている以外は何もない。


しかし、ある一点に目が止まると『これか……』と呟いた。体が離れないよう右手で翠の腰を強く抱き、左手を宙にかざすと何かの呪文を唱え始める。
 

総司の掌から光が溢れると黒い雲の一部を照らした。
光を吸収した次の瞬間――巨大な光の塊が現れる。
 

「――っ!」
 

突如――目が眩む程の光が辺りを照らし、翠は慌てて顔を上げた。余りにも急な出来事に、心の準備をする間もなく、翠達の体は大きな光の塊に飛び込んだ。
 

「ギャー!!」
「お邪魔しまーす」
 

翠の叫び声と総司の呑気な声が、光の中に吸い込まれ――光の塊は散って消失した。


 

……
…………
………………ぃ…………すい…………

 
(……もう少し……寝かせて……)


「はぁ……仕方ない。お小遣い減らそうかな〜?」
「ちょっと待ったー!!」
 

総司の言葉を遮るように叫んだ後、慌てて起き上がった。お小遣い以外での収入源がない翠にとって、減額される事は眠気も吹っ飛ぶ死活問題だった。
 

「ハッ!夢か、良かった。……ここは何処?」
「あらら。都合よく夢に変えちゃったね」
 

総司の独り言はスルーして起き上がる。
辺りを見渡すと、先程まで渦巻いていた黒い雲は一つも無くなっていた。


有るのは、御伽の国に迷い込んでいる様な景色のみ。
 

どこまでも続いていそうな夜空。
無数の時計とランタンが、並んで宙に浮かんでいる。
眠っていたベッドを降りて少し歩くと、先端が全く見えない長い1本の橋が架かっていた。
 

後ろを振り返るも建物らしき物は無く、先程まで眠っていた大きなベッドが1台ポツンと有るのみ。
 

時計は数え切れない程あるのに……不思議と物静かな針を刻む音だけが静かに鳴っていた。
幻想的な光景に目を奪われしばらく思考が停止する。
 

「……宇宙の中にいるみたい。綺麗」
「そうだね」
 

周りの景色に目を輝かせている翠の姿を、総司は柔らかい微笑みを浮かべ見つめる。しばらくボンヤリと眺めていたら、2人に流れていた穏やかな空気を、低めの声が遮った。
 
 
「此処は、時の部屋だ」

 
2人は声のした方へと目を向ける。
其処には――仙人の様なゆったりとした装いと、足首まであろうかという程に長い髪。
しかも、髪も眉毛も服も全てが真っ白。


全部白いから、よからぬ想像をしてしまった……。
低い声と切れ長の目。端正な顔立ちの渋いイケてるオジサンは宙に座って、浮いたままコッチを見ている。
 

(浮いてるけど、幽霊じゃなさそう?怖くないし)
 

総司をチラリと見ると警戒する事なく、笑顔で『初めまして』と言って宙に浮いてる人物を見ていた。
ゆったりした服を着ているし、浮かぶ人って仙人?と自己解決して話し掛ける。
 

「あの、仙人は一体―― 」
「待て。その仙人とは、私の事ではなかろうな?」
「…………えーっと?」
 
(ヤバ。間違えた)
 
「ふん。まあいい 」
 

ご機嫌を損ねてしまったようだ。
 

「時の番人をしているクロニスだ。この部屋は惑星の刻を管理している場所」


クロニスは指をパチン!と鳴らすと、さっきまで寝ていたベッドが一瞬で跡形もなく姿を消した。
 

(お〜!なんかRPGの世界みたい!)
 

アニメやゲームが大好きな翠には『〇〇の番人』なんてフレーズは大好物。
しかも、指パッチンで物を消すという非現実的な現象を目の当たりにし、テンションは爆上がりだ。
 

「スイ?落ち着いて下さいね」
 

総司に首根っこを引っ張られ、現実に引き戻される。
真正面には眉間に深い皺を刻み、翠の事を白い目で見ている顔があった。宙から降りてきたクロニスに、無意識で急接近してしまったようだ。


(危ない、危ない。取り乱してしまった)

 
若干引き気味の状態から気を持ち直したクロニスは、理解していない翠に、詳しい説明をすることにした。そうしないと……話が進まないと判断したから。

 
説明を聞き始めて30分――少しずつ解ってきた。


この『時の部屋』は……宇宙に存在している、全ての星を管理している場所。
時計は星の時の流れを表し、ランタンは星の命の灯。
 

ここには、星の数だけ時計とランタンがある――。
 

時の番人は、どの星にも特別な干渉はせず中立の立場を貫いているため、来客など以ての外なのだそうだ。


それなのに、この部屋の空間が一部歪んだ直後、強引に私達が入ってきてしまったと…………。
大変申し訳ない。
 

「強引に部屋をこじ開けたのは……お前だな?」
「とても困っていたので、避難させて頂きました」
 

クロニスは、厳しい声で問い掛けたにも関わらず、当の本人である総司は『助かりました〜』と、ちっとも悪びれない様子で微笑んだ。


(ソウちゃん?)


長年暮らし家族同然だから分かる。微妙な違和感。
普段から礼儀正しく、人付き合いにも柔軟に対応する。そんな人が何故こんな無遠慮な態度を取るの?


「偶々この部屋が見つかって、運が良かったです」
「ほぉ?…………偶々ね」
 

クロニスも相手の態度に何処か怪しさを感じたのか、片眉を上げて無言で睨んでいる。険しい顔と爽やかな笑顔に挟まれ、最高に居心地が悪い状況。


( 一先ず、此処に侵入したのは謝るべきよね……)


そう思っても、口に出せる雰囲気では無い。
火花を散らす2人に困り果て、何も言えずに時間が経つのを待つしかなかった……。
 

 
数分後。
 

お互い歩み寄りを見せない態度に呆れつつ、翠からも疑問をぶつけてみた。


「ソウちゃんって何者なの?」
「何処にでもいる大学院生ですが?」


笑顔で即答され、イラッとする。


( いつも思ってたけど……この笑顔が余計に腹立つ)
 

突如――渦に呑まれ、辿り着いた先はランタンの灯火が揺れる不思議な世界。RPG顔負けの怒涛の展開に疲労は蓄積され、笑顔を返す余裕は一切無い。
 

「この部屋を何処で知ったの?大学?」
「違います」
「本当は全部ソウちゃんの仕業とか?」
「そんな訳ないでしょう」
 

秘密があるのは明確なのに、問いかけの返事のみ。
テンポよく会話が進まず翠の気力は削られていく……
一見とても普段通りだが、あまりにも白々しい態度が腹立たしかった。
 
 
「……………………ねぇ。ずーっと嘘付くつもり?」
「いや。そんなつもりでは」


怒ってる気配を察知し、総司は言葉を濁し始める。
やりとりを傍観していたクロニスは、不思議そうな顔をすると静かに口を開き……特大の爆弾を落とした。


 
「ふむ?お前達は、地球の者ではないのだな」
「…………は?」


予想だにしなかった言葉に一瞬、刻が止まる。
 

( いやいや、産まれも育ちも地球ですが?)
 
 
 ※※※
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