伴侶と言われても困ります〜出会った男は吸血鬼〜
「君の血を頂けないか?」
「は?このイケメン頭沸いてんな」
☆ ☆ ☆
牛丼屋のカウンターに女1人。
バイト後の空腹を満たすべくフラッと立ち寄った。
( 早い。安い。美味い。まじ正解)
牛丼並盛に生卵をぶっ掛けて勢い良くかき込む。
周りも一人客が殆どで他人など一切気にしていない。
「あ〜生き返るぅ」
ホッと一息に味噌汁を啜っていると隣に男が座る。
( カウンター他にも空いてるのに……変なの)
ガツガツと平らげ手を合わし『ご馳走様でした』と呟くと席を立ち――たかったが、後ろから服を引っ張られ再度着席する羽目になる。
「ッチ」
「こんばんわ」
牛丼を食べもせずに座る男。服が伸びると文句を言う為に振り返り初めて男の顔を見た。
「顔良いからって何でも許されると思うなよ」
「いや、思ってないよ」
穏やかな笑顔を崩さず答える男。
( 胡散臭〜。いいから掴んでる手離してよ)
「葛原花音さん。○○大学の2年生。バイト先は○○で週4〜5で働いてる。自宅は――」
「………………ぉいおいおい。ヤメロ」
人様の個人情報を牛丼屋でベラベラ言い始めた男の口を力強く塞いだ。
まさか自分のストーカーだったとは……。
「ふがふが」
「一旦外に出て話しましょうか」
( そのまま警察に連行してやる)
そう思っていたが――
ストーカーからコンビニでコーヒーを奢って貰ったので、話だけは聞くことに。一応身の危険を考慮し店の入口横で飲みながら会話を再開した。
「で、私に何の用ですか?」
「うん。単刀直入に、君の血を頂けないか?」
「………………は?
このイケメン頭沸いてんな。
時間の無駄だったわ〜。ほら行くよ」
「待って!お願い話聞いて!…行くって何処へ?」
「もう話聞いた。警察に行く」
「待ってぇ〜?!まじで待って!」
頭のイカれた変質者め。
バイト疲れで体はヘトヘトだし、本当に運が悪い。
( はぁ〜面倒くさい。まじ何がしたいの?コイツ)
「僕………………実は吸血鬼なんだ」
「……………………」
梅雨明けると、こんな輩が増えて迷惑だよねぇ。
冗談なら救いようあるのに本気っぽいから手遅れ。
「はいはい。良かったね。じゃ、行きましょうか」
「何処に連れて行く気?!この子怖い!」
「怖いのはお前だ」
コンビニの入口付近で押し問答をしていると、
店長が出てきて『痴話喧嘩なら他所でしろ!!』と 注意を受ける羽目に。
( 彼氏でも友達でもない見ず知らずの男なのに……)
このままでは埒が開かず近所の居酒屋に出向いた。気の済むまで話を聞いて帰宅させる作戦に変更だ。
「で?アンタがどこぞの吸血鬼って証拠は?」
「お箸で吸血鬼を指すなんて行儀悪い!まったく。
……証拠見せたら血くれるの?」
「調子乗るな。見てから判断する」
すると……
変態男は徐に花音の手を掴み自身の口元へと持っていく。手が近付くと同時に口を開いたので、咄嗟に手を引こうとするが力が強くビクともしない。
「ちょっ!何すんの!………………なにコレ。牙?」
「うん。それともう一つ。見ててね?」
そう言った男は急に花音の指をカプッと軽く咬んだ。少しチクッとはしたが痛みはそんなに無い。
男はチューチューと指を咥えの血を吸っていた。
( コイツ。しれっと血飲んでんじゃん)
文句を言おうと口を開いた時、俯いていた男が上目遣いで見てきて本物だと確信した。理由は――。
「……血飲んだら目赤くなるんだ」
「信じてくれた?」
「人間じゃないのは納得した……が、勝手に血を飲んだのでこの話は無かったことにします」
「ごめんなさい!出来心だったんです!!」
話を聞いて終わるつもりだったが、証拠を見せたからと余計に引かなくなってしまった吸血鬼。
男のしつこさに思考能力が低下していたのだろう。早く家に帰りたくて『部屋ついて来て。飲んだらさっさと帰れ』と言ってしまった。
人間の男でさえ持ち帰った事ないのに……吸血鬼の男を連れ帰ってるよ私。
マンションの近くまでやって来て、ふと気になる質問をしてみた。
吸血鬼と言えば自由に飛び回るコウモリ……
「先に部屋のベランダで待っといてって言ったら、もしかして飛んで行けるの?」
「いいの?」
「行けるなら」
「じゃ、行っておくよ!待ってるね〜」
あっという間にコウモリに変身し飛んで行ってしまう。その姿を見ながら花音は呆れていた。
「いや、まだ部屋教えてないじゃん。
…………既にリサーチ済みだったのか、あの野郎」
エレベーターに乗り6階で降りる。
玄関からお風呂へと直行するのがルーティンだ。
体もサッパリし電気を消してベッドへ潜り込む。
はて?……なにか大事なことを忘れているような?
『まぁ、いっか!』と目を瞑ったら窓を叩かれる。
「良くない!俺を忘れてるよぉー!!」
ッボソ「あ〜……そうだったよ。まじめんどくせ」
窓を開けてやるとベソをかきながら部屋に入る男。
正直開けなくても良かったが、ベランダで下手に騒がれて隣近所から白い目で見られるのは避けたい。
「ほら、早よ飲んでさっさと帰って」
「…………立ち食い蕎麦みたいに言わないで」
ソファーへと移動しお互い向かい合う。
男が言うには吸血の際に牙から快楽物質が出るので痛みは無いらしい。なら一安心だと油断していた。
「ぃったぁあー!!嘘つき!超痛いんだけど!?」
「え?ウソ?まじ?」
ガブッと咬まれた首筋に激痛が走る。
思いもよらない衝撃に男の頭をパコーンと叩く。
「…………お〜ま〜え〜」
「嘘は言ってないよぉ!本当に出てるんだよ……。なんで効かないの?気持ちが高揚したりしない?」
「する訳ないでしょ?!痛くて気分は最悪です」
快楽物質が出る理由はもう一つあるらしく、痛みを感じさせず気持ちを高揚させ血を甘くする為と。
「気持ちが高揚すれば痛みも麻痺するわけ?」
「ぅ〜ん……恐らく。
花音はどんな時に気持ちが高揚するのかな?」
「お金」
「ん?…………いま、お金って言った?」
「そぅ。お金見た時が一番テンション上がる」
そう言うと男は半信半疑の顔で財布から万札を取り出し花音の目の前に突き出した。
男が恐る恐る札の隙間から覗くと花音の目はお札に夢中で頬は赤く染まっている。その隙にゆっくりと花音の首筋にキバを突き刺し血を頂く。
ゴクッ……ゴクッ……
「ぷはぁ……ご馳走様。すっごい甘くて美味しい」
満面の笑顔を向けるが――
花音は未だにお札を見たまま。
「お金に負けるなんて屈辱だな。もう没収〜」
「ぇえー!幸せだったのにぃ。貰えるかと思った」
花音が呟いた言葉を男は聞き逃しはしなかった。
これはチャンスとばかりに提案をしてくる。
「週に3回飲ませてくれたらあげるよ?」
「多くない?流石に貧血になっちゃう」
「じゃ2回!これで駄目なら話は無しだ」
「しょうがない……乗った!」
☆ ☆ ☆
吸血鬼に血を与え始めて1年が経とうとしている。
約束の日は主に水曜と土曜。
学校でもバイト終わりでも必ず車で迎えに来る。
初めて迎えに来た日。
高級車に乗り上質なスーツを着たイケメンが正門周辺で誰かを待っている!と注目を浴びていた。
「うん。こりゃ無理だわ」
2人仲良く同乗すれば噂が広がるのは間違い無いと判断し、吸血鬼を無視して別の出口から帰宅した。
1時間後――
自宅ベランダの窓を半泣きで叩く吸血鬼に少しだけ罪悪感を感じた。
吸血鬼の名は東雲千真(かずま)。
ホテル、不動産、レストラン等を手掛け、幅広い分野で有名な東雲グループの御曹司。
有名な資産家の一族が、まさか吸血鬼だとは夢にも思わないだろう。
「俺の家で一緒に住まない?」
この日も花音の血を貰った後のコーヒータイム中。
行為にも慣れて来た頃に、新たな提案をされる。
「部屋は余ってるし花音の大学も此処より断然近い。そして極め付けは家賃がタダ!」
「ぁ〜…………魅力的だけど遠慮しとく」
「なんで!?絶対乗ってきてくれると思ったのに」
花音の実家は決して貧しい訳ではない。
両親の躾の一環で『無料より高いものは無い』と言われ育ったのだ。
お金は裏切らないから好きだけど、無料と言われても心に響かない。
「………………分かった。じゃ〜無料はやめて、家賃の代わりに吸血を週3に増やすってのは?」
「それなら乗った」
「ヨシ!」
( 要は無料じゃなければ良いんだもんね)
この時に深く考えず承諾した事を後々に後悔する。
千真は花音が予想もしてなかった行動を取った。
引越しの提案に乗った翌日。
千真の依頼した引越し業者により荷物は全て運び出され、解約金諸々の手続きも全て完了済み。
そうバイト終わりに報告され、本気で一発殴った。
――
――――
「花音〜。もう朝だよ、いい加減に起きなさぁい」
( お母さん?……あ。違ったわ)
寝起きが良くない花音を起こすのは至難の業だ。
実家住まいの頃は、全然起きてこない花音に母は朝から烈火の如く怒っていた。
千真が毎朝起こすようになってから花音は二度寝をしなくなった。
引っ越して初めての朝。
なかなか起きない花音に散々キスをしてきた挙句に吸血までして『凄い発見だ!お金見せてないのにキスしたら血が甘くなってる!』と宣った。
「いや、先に謝れ。………貴重なファーストキス」
「え!?そうなの?嬉しいんだけど……」
「嬉しがるな!初物好きか?!天誅ー!!」
女の敵!と一発蹴りを入れるとそのまま洗面台へ。
5分もかからず支度を終え、さっさと出て行った。
「花音……また夜用ブラのまま。前に注意したのに」
以前に千真はナイトブラのまま大学に行くなと注意し花音から汚物を見るような目でドン引きされた。
恋人のいない理由が垣間見えた気がする。
――
――――
( アイツ変態確定だもん……同居は失敗したなぁ)
ウンザリしながら大学の敷地内を歩いていた時だった。急に背後から肩を力強く掴まれる。
「ぅわ!ビックリした。……どちら様ですか?」
「おはよう。君が花音ちゃんだよね?」
誰だ。コイツ……
千真とはタイプの違うイケメンだが嫌な感じだ。
ジロジロと品定めをするように見てきたと思ったら花音に何の断りもなく思いきり首に咬みついてきた。
「いっっったぁぁあー!!っふざけんなテメェー!勝手に咬むな気持ち悪い!」
「ぇ。シンプルにめっちゃ酷い。気持ち悪いって」
あまりの痛さに涙目になりながらブチギレる。
殴ろうとした瞬間――――咬んだ男が飛ばされた。
「十夜。俺の伴侶を咬むなんて、○にたいんだ?」
千真は普段の緩い雰囲気は無く、ゾッとするような冷たさを纏っている。呆然とする間、十夜を何度も殴り続けており花音は慌てて止めに入った。
「ストーップ!○す気?!そもそも伴侶じゃない!」
「○さない程度にやってる。君は俺の伴侶だ」
「同居したからってマジで調子乗るなよ。お前」
「同居する前から決めていた。俺は君以外とは結婚しないし、君が駄目なら俺は生涯独身で構わない」
(重…………。重くてビビるわ。
そういえば、コイツ本物ストーカーなの忘れてた)
「ィッテェ……ほんの冗談なのに。本当に血飲む訳ないじゃん。千真の相手を見に来ただけだよ」
「実際噛んだだろう?半○しで許してやる」
「マジごめんって!だってそれ○んじゃうやつだよね?本当に許して」
2人で暫く戯れて落ち着いた頃。花音は1人で授業へと向かった後だった。置いて行かれたとショックを受ける千真に十夜は真剣な顔で問う。
「あの女を本気で伴侶にするのか?」
「当然だ。俺の相手は花音以外にあり得ない。邪魔するならば、例えお前でも兄さんでも容赦しない」
「おいおい!俺達は邪魔する気なんて全く無いぜ?
やっと千真にも春が来たって皆大喜びしてたんだ。けど、お前が片想いって情報を聞いて心配で」
「誰だ!そんな悲しい情報を流したヤツ!」
先程までの痺れるような威圧は幻覚だったのか?と思うほど、現在の千真は情けない。
( 東雲の御曹司をヘタレにさせてしまう最強の女)
2人を側で見学するのは十夜の一種の娯楽だった。
☆ ☆ ☆
「君は俺の伴侶だ」
「またその話?いい加減しつこい。自信満々に伴侶って言うけど吸血鬼にとって私は餌じゃないの?」
「違う!そもそも吸血鬼は必ず血を飲まないといけない訳じゃない。便利なタブレットもあるし、ご飯だって食べられるから吸血しなくても死なない。
……俺は愛しい君だから吸血しているんだよ」
大学の一件から耳にタコが出来る位『俺の伴侶』と言われ続けている。
あの日。
千真以外に首を咬まれた際の嫌悪感が酷く水道で洗いまくり首元がベチョベチョのまま授業を受けた。
1日中気分は不快なまま帰宅後シャワーに直行し皮膚が赤くなるまで石鹸で擦りまくったのだ。
傷は浅く血は出ていなかった。
後に十夜から謝罪を受けて承諾したが、マンションへ頻繁に顔を出すので嫌でも思い出してしまう。
今日も我が家の如くソファーで寛ぐ十夜を見て、花音はしみじみと呟いた。
「私…………千真以外には吸血されたくないなぁ」
ガシャン!ドシン!………………シ〜ン……
「ん?お二人さん大丈夫?」
「大丈夫じゃない!結婚式!婚姻届貰ってくる!」
「驚いてソファーから落ちたじゃん。とうとうお前も覚悟を決めたんだな……俺は嬉しい……ぅう」
( ――なっ、なにごと?吸血鬼達の勢いが怖い)
騒々しくなった吸血鬼の2人。
花音が意図せず呟いてしまった言葉は吸血鬼にとって『生涯、私はあなただけ』と同意義で、プロポーズの返事として用いられる王道の台詞だった。
花音がバージンロードを歩く日まであと○日――。
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