悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます。
春の風が、お兄様の髪をそっと揺らした。そして私のカツラの茶色い髪を巻き上げる。私はカツラが飛ばないように、慌てて頭を押さえる。
「父上が宮廷へ着いた時、ちょうど近くで火事が起こった。父上も慌てて消火活動に参加したが、油を持っていたことで怪しまれてしまった。
おまけに、宮廷関係者の誰もが、油を持ってくるようにと指示した覚えはないと言う。
こうやって、父上は宮廷への放火事件の犯人として、爵位を剥奪されたんだ」
「そうなんだ……」
娘の私だからこそ、よく分かる。お父様は確かにのんびり屋でぱっとしない男性だが、だからこそ放火なんてするはずもない。
今のお兄様の話を聞いて確信した。やはり、お父様は誰かに嵌められたのだ。だが、今となっては時すでに遅しだ。事件から八年も経った今、新たな証拠なんて出てくるはずもないし、泣き寝入りしかないだろう。
「私は、お父様を信じているわ」
そう告げると、お兄様も悲しそうに頷いた。
「本当なら死刑にでもなるだろうが、父上は追放と爵位剥奪だけで済んだ。
それだけでも、感謝しないといけないのかもしれないな」