悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます。
トラスター公爵邸は、馬でニ、三時間ほどの距離だった。平民の私はもちろん馬など持たず、お兄様の馬に乗せてもらう。そして疲れきったころにようやく目的地に到着した。馬を降りてその巨大な館を見た瞬間、酷く場違いなところに来てしまったかもしれないと後悔した。
トラスター公爵家は、周りを頑強な壁で囲まれた、立派な館だった。かつて私たちが住んでいた、伯爵邸なんかよりもずっと。
お兄様が公爵家邸の門をくぐると、すぐに四十代半ばの仕事の出来そうな男性が迎えてくれた。黒色の服を着て、長い髪は後ろで束ねてある。そして、眼鏡の奥の鋭い瞳で、私を品定めするかのように見た。
「騎士のマルコスから聞いている。貴方が新しく雇用されたセリオだな? 」
「は、はい!」
びくびくしながらも出来るだけ声を低くし、男性に告げる。
「十七歳と聞いていたが、まだ声変わりもしていないのか? 」
正確には二十二歳である。
ただ、女性の私はやたら幼く見えるため、十七歳という設定にお兄様と決めた。どうやらそれが吉と出たようだ。
「せ、成長期が遅いようで……」
お兄様が苦し紛れに告げる。そして、私は女性だとバレないか気にしすぎて、心臓が止まりそうだ。私が女性だとバレると、お兄様にも迷惑をかけるだろう。
「そうか、マルコス。セリオを連れてきてご苦労だった。礼を言う。
それではマルコスは、騎士団へ戻るといい」
お兄様はピシッと背筋を伸ばして敬礼をする。そんなお兄様を見ると、本当に騎士なんだと今さらながらに思ってしまった。家では優しいお兄様だが、公爵家ではかっこいい騎士なのだ。