悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます。


 嘘だよね。あ、からかっているんだ。

 そう思うのに、ジョエル様はいつまで経っても冗談だとは言わない。ただ、憂いを帯びた瞳で私を見下ろすのみだ。

「あ、あの……ジョエル様……」

 私の声は震えていた。それだけではない、体も少し震えている。ジョエル様は冗談を言っているのは分かっているが、冗談を本気のように言ってしまうからだ。

「ルーカスが駄目なのですから、じょ、ジョエル様が駄目だということも分かりますよね……」

 ジョエル様は甘い瞳で私を見て、一歩また一歩と迫ってくる。

 だから私は、一歩また一歩と後退りする。

「言っている意味が分かりません。

 兄上が言う通り、身分のことなど気にされなくてもいいのです」

「で、ですが……」

 気にするに決まっている。身分を気にしなくてもいいのなら、私はとっくにルーカスと……

「だ、駄目なものは駄目なのです!! 」

 私はそう言い放って、全力で走り去っていた。

 走りながらも、心臓はバクバクと音を立てている。背中を冷や汗がつーっと伝った。



 ジョエル様は、私がセシリアだと気付いていた。そして、ルーカスに代わって結婚しようなんて言い始めた。それが本気ではないと分かっているが……

 私は、どうなってしまうのだろう。

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