悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます。

 こんな私に、ジョエル様はいつもの明るく穏やかな声で告げる。

「はじめまして、弟のジョエルと申します。

 話は聞いております。以後、お見知り置きを」


 思わず顔を上げると、ジョエル様の優しげな瞳と視線がぶつかった。それで慌ててまた下を向く。

 私は拗らせっぱなしなのに、ジョエル様はいつも通り優しくスマートだ。それに、私がセリオだと知っていながらも、完璧な芝居だ。ジョエル様が完璧すぎるから、逆に惨めになる……


 俯く私を前に、

「おい、ジョエル。間違ってもセシリアに色目を使うな」

イラついたようにルーカスが言う。今までのルーカスが甘すぎたから、久しぶりに見た平常運転のルーカスにホッとする。

 だが、ルーカスは色々間違っている。ジョエル様が私に色目を使うはずなんてないし……そもそも、私はルーカスと結婚しない。結婚出来ない。それなのに、ジョエル様はやはりスマートに答えるのだった。

「嫌ですね、色目なんて使うはずがありません。セシリア様が幸せになれるのなら、僕はそれでいいのです。

 ですが……」

 ジョエル様は、笑顔のまま続けた。

「兄上がセシリア様を大切に扱えず悲しませるのなら、僕がいただくかもしれませんよ? 」


 ……え!? ジョエル様、何を言っているの!?


 私はジョエル様を凝視している。

 冗談だと言って欲しい。それなのに、ジョエル様は表情一つ変えず、にこにこ笑ったままだった。

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