悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます。

 
 不意に遠くで、ジョエル様を呼ぶ声が聞こえた。ジョエル様ははっと我に返り、

「……あ。そろそろ僕も持ち場に戻らなければなりません」

少し悲しそうな表情を浮かべて告げる。

「セシリア様、僕は貴女の気持ちを踏みにじることなんてしたくはありませんでした。

 僕が彼女に惚れ薬を渡してしまったこと、申し訳ありませんでした」

「い、いえ……」

 そう答えるのが精一杯だった。



 ジョエル様の言う通り、ジョエル様は今の今まで、私の気持ちを知らなかった。いや、私は昨日ジョエル様に言ってしまった。ルーカスにはもっと相応しい女性がいると。だから、ジョエル様はもちろん私がルーカスを好きだなんて思っていないだろうし、私を守ってくれようとしてマリアナ様に惚れ薬を渡したに違いない。

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