悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます。


「あら、まだこんなところにいらしたのね」

 軽蔑するような、それでいて嘲笑うかのような女性の声がした。ルーカスの前では鼻にかけたような甘い声なのに、今の声は別人かと思うほど棘がある。



 振り返ると、私の後ろにはピンク色の豪華なドレスを着たマリアナ様がいた。だが、今のマリアナは女神のようなマリアナ様ではない。もちろん美しいことに変わりはないのだが……腕を組んで口元を歪めて私を見ているその姿は、まるで召使いを馬鹿にしている悪女だ。

 私はマリアナ様の本性を知っているが、ルーカスは知らない。だって、マリアナ様はルーカスの前では猫を被っているからだ。



 何も言えずに俯く私に、彼女は容赦なく口撃する。

「あなたでしょう、セシリアさんは。

 身分相応なのに、いつまでルーカス様に付き纏うつもり? 」

 それは、嫌というほど理解している。理解して、ようやく身を引こうと思ったのに……それなのに、とどめを刺すように言うのはやめてほしい。正直、もう心がもたない。

「ルーカス様は、貴女になんて構っている暇はないの」

 それは分かっている。

 私が誇れる婚約者だったのなら、挨拶回りにも同行させたに違いない。ルーカスが私を好きでいてくれることはよく分かったが、同時に私という存在を隠したいということまで分かってしまった。

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