悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます。
マロンを連れて、森の中の一本道を歩く。時折野鳥や動物の声が響くが、たいして気にもならない。
お父様が爵位を剥奪されてから、八年も私たちはこの森の中の一軒家に住んでいる。はじめは森が不気味で怖かったが、八年も過ごせば慣れたものである。むしろ、今は八年前の立派な館に住んでいた頃の記憶が、少しずつおぼろげになってきている。
たくさんの使用人に囲まれ、三食豪華な食事が出てくる。欲しいものはなんでも買ってもらえ、話題と言ったら貴族の令息の話や社交界の話……
あの頃はそれで幸せだったが、今の森での暮らしも悪くない。お金はないが、優しい家族に囲まれて温かい時間を過ごす。それで満足なのだ。
「マロン」
私はもふもふのぬいぐるみのようなマロンの横に座り込む。そしてマロンに話しかけた。
「私は今の暮らしで満足なのよ。マロンもそう思うでしょ? 」
こうして私は、街にある店へ、いつものように向かったのだ。