彼は意地悪なボイスアクター〜独占欲の強い彼に溺愛され狂いそうです〜

すれ違ったのは

数日後、朝から忙しい時間を過ごしていた。

内線電話がなり、すぐさま取った。

「はい。ライブラリー室。はい、はい。え?ちょっと待ってください。もしもし?もしもし?」

一方的な電話が切られた。

たまにこういうディレクターがいる。

「どうした?」

私が少々、ムッとしていると声をかけてくれたのは、同じ部署の長野桃子さん。

私より5歳年上で、私がここに来た時から何かと世話を焼いてくれた。

でも世話焼きは仕事がメイン。

私がここに来た事情も知っているのだろうけど、7年間、聞かれたことがない。

「辞めなくていいのよ、あなたが辞める必要なんてない」

そう最初に言ってくれたのも桃子さんだ。

「資料を指定されて、それをスタジオに持ってきてほしいと」

「またぁ?どうせ、報道でしょ?」

「はい。過去の台風の映像だそうです。いくつかピックアップしてって」

「わかった。一緒に探す。30本くらいあれば、いいっしょ」

「ありがとうございます」

こうして私たちは映像をUSBメモリに入れて、スタジオまで持って行くことになった。

「私が行ってきます」

「ありがとう。よろしくね」

机にぶらさげてあるキーホルダーをさっと取って、エレベーターに向かった。

スタジオは25階だ。

25階にはスタジオはいくつかあり、指定されたスタジオは1番端にある。

私はエレベーターに乗りリーガル様のアクリルキーホルダーをポケットから取り出して握りしめた。

エレベーターで上に上がる時は心臓が嫌な音を立てる。

「お願いします。誰にも会いませんように」

前にエレベーターでディレクターになった同期の1人と鉢合わせしたことがあった。

聞こえなかったが明らかにコソコソ話され、私は居た堪れなくなった。

それから私はリーガル様のアクリルキーホルダーを持ってエレベーターに乗るようにしている。

無事に到着まで知っている人は乗ってこなかった。

私はエレベーターが開くと小走りで端まで行った。

途中、人がスマホを見ながら廊下に出てきて危うくぶつかりそうになった。

ギリギリで、さっとかわす。

「すみません!」

謝罪をしたが相手が顔を上げなかったので、気がついてないのだろうと私はそのまま1番端まで向かった。
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