彼は意地悪なボイスアクター〜独占欲の強い彼に溺愛され狂いそうです〜

那原side

「久しぶりに来たな。ここ」

俺は以前お世話になっていたテレビ局の前に立ち高くそびえるビルを見上げた。

ここは7年ぶりだ。

「眩しい。サングラス、持ってくれば、よかった」

前にお世話になっていたプロデューサーが不倫で左遷されて番組自体がなくなった。

今日はアテレコの仕事で来ている。

通称『愛君』と言う人気の乙女ゲームがアニメ化になるのだ。

俺はその中のキャラクターの1人をやっている。

今日はその放送局での宣伝用のアテレコをする。

エレベーターでスタジオのある25階にあがった。

楽屋が別の階に用意されているのだが、今日は事務所の後輩たちが多く来ているようで、直接上へ行くように言われていた。

エレベーターを降りるとバタバタ忙しなく動き回る数名のスタッフでいっぱいだった。

いくつかるドアの中の1つに入るとモニターの前に4台のマイクスタンド。

壁に沿って並べてある椅子に数名の男女が台本を読みながら座っていた。

奥に53歳のベテラン声優が座り、若い声優が挨拶の為に縦に1列8人ほど、並んでいた。

俺は全員に向かって、深々とお辞儀する。

「おはようございまーす。よろしくお願いしまーす」

並んでいる声優たちや座っている声優たちは俺の方へ向き頭を下げる。

声を揃えてビタミン色の声が返ってきた。

「おはようございます!よろしくお願いします!」

俺は思わず鼻で笑いながら近くの椅子に座る。

すると知り合いの女性声優、相川鈴が俺の隣の椅子にやってきた。

「何?遅刻?」

「遅刻じゃないでしょ。間に合ってるんだから」

俺はベテラン声優の前に並ぶ列を顎で、示した。

「ていうか、いつも思うけど、あれ何とかならないの?録音スタジオならまだしも、ここテレビ局だよ。見慣れない人は引いてるよ」

「大御所には挨拶しないと」

ベテラン声優は一人一人の自己紹介に対して、うなづいている。

「次、あんたのところ来るよ」

俺はあからさまに嫌そうな顔で台本を鞄から取り出した。

「勘弁してくれよ」

ベテランに挨拶が終わった若い声優が一人、俺を見ていた。

「じゃあ」

鈴が立ち去ろうとしたので俺は彼女の腕を掴んだ。

「まって」

「何?」

「ここで始まるまでしゃべってて」

鈴は再び椅子に座ってくれた。

若い声優たちがちらちらと俺を見ながら戸惑っている。

そこに音響監督の声が響いた。

「では、時間なので始めます。では最初、大日向さんと那原さんお願いします」

俺は台本を持ってマイクの前に立った。
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