彼は意地悪なボイスアクター〜独占欲の強い彼に溺愛され狂いそうです〜
車が赤い光に近づくと救急車がサイレンを鳴らしながら出発した。
救急車とすれ違い、前方を見ると驚きの光景が前にあった。

車が1台、ひっくり返っていて、もう1台はガードレールに突っ込んでいる。

「ひどいですね」

那原さんは何も応えず、凄惨な現場を凝視しているように見えた。
というのも表情が見えなかったのである。

私はその時、上司から言われていたことを思い出した。

「あ!ちょっと、そこに止めてもらえますか?」

「え?な……なんで?」

「事故の映像を撮っておきたいので。もしかしたら報道で使うかも」


今までテレビ局に入って1度も事故現場にあったことはない。
地震や災害、事件や事故。
これらに当たったら、まわせたらカメラを回すように上司に言われていたのを思い出した。

私は車を端に止めてもらい飛び出した。
もう1台の救急車とパトカーは既に来ている。
ガードレールにぶつかった方の運転手はすでに救急車で運ばれたあとだった。
おそらく先程、すれ違った救急車だろう。
横転している車の中の人は既に運び出されて救急車で治療を受けていた。
出血は多かったが、命には別状はないらしい。
近くに居た住民にそれらを聞いて心からホッとした。

さすがにこういった現場は心臓がバクバクして手が震える。
邪魔にならないところから事故現場を撮影したが画面が揺れてしまった。
こういった現場に遭遇した時は安全を確保した上で映像に残しておくようにと言われている。
もちろん救助の邪魔になったりしてはダメなので、そこは最新の注意を払っている。
私は動画なんとか撮影してすぐに報道部宛に送信した。
これをニュースとして取り上げるかは、あとは制作側の判断だ。

私は那原さんを待たしてしまっていることに気づき、急いで車に戻った。


「すみません。お待たせしてしまって……那原……さん?」


運転席を見ると那原さんがハンドルに顔を頭をつけて下を向いていたのが見えた。
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